第68話_出発

「いざ生け捕りにぃっ!!」


カルロスの威勢のいい叫び声が街中に響く。

集まった冒険者たちは、リーダーに呼応して意気込みを叫びに込める。


「おおおおおおお!!!」


腹から出た声はあちこちに反響して、いつまでも鳴り止まなかった。

戦いに乗り込む冒険者たちはやる気に満ちていく。


一方俺と言えば、はりつけにされていた。

俺の両手両足は、鉄製の十字にされた柱に縛られている。

オハナは作戦を聞いた俺が逃げると想定していたらしく、身動きを封じるために十字の柱を用意したそうだ。

俺に許されているのは喋ることだけだったが、士気の高まった戦士たちの前では無言と同じだった。

前進する軍の前方にいたフーが、俺の位置まで下がり声をかける。


「お兄ちゃん、こんな格好にされちゃって大丈夫……?」


フーは、複数の冒険者に担ぎ上げられる俺を心配そうに見上げる。

俺の傍に控えるオハナが、フーに笑みを向ける。


「神の御子様、大丈夫でございますよ。

彼は我々が安全にお運びいたしますので」


神の御子とは、ソラとフーのことである。

二人には白い神々しい衣装まで用意され、冒険者からはあがめられる存在と化している。

フーは俺の返事を聞く前に、冒険者によって最前線まで戻されてしまった。

俺を気遣う妹の後ろ姿を悲しく見送って、俺はオハナに警告する。


「二人に手出しはするなよ」


「当然です。

次期組合長がかかっていますから、抜かりはありません」


オハナの本音が垣間見える受け答えに呆れたが、逆にソラとフーの身は安全だとも言える。

俺だけが犠牲になってみんなが助かるなら良しとしよう、と珍しく曇天の空模様に目をやりながら俺は思う。


街から出てぞろぞろと歩いた一団は、だだっ広い草原で歩みを止める。

はりつけにされた俺はみんなの頭上に居るため、草原に乗り物がズラリと並ぶ様子がよく見えた。

冒険者の移動手段として選ばれた乗り物は馬車によく似ていたが、馬がいない。


「では、ここで。

ユージン後ほど会いましょう」


オハナが十字の柱を下ろす手振りをすると、俺を持ち上げていた冒険者たちは柱を地面に刺した。

俺は為す術もなく、乗車する冒険者たちの好奇の目にさらされる。

さながら晒し者だ。


「兄ちゃん、大丈夫?」


聞き馴染みのある声がする。

下に視線を向ければ、ソラとフーが足元に立っている。

それと俺を縛り上げたカルロスもいた。


「カルロスさん、柱を抜いてくれない?

このままじゃ、瞬間移動できないの」


「お安い御用ですよ!

任せてください!」


カルロスは爽やかな笑みでフーのお願いに応える。

俺の柱は引っこ抜かれ、横に寝かされる。


「神の御子様、またあとで!

それでは!」


リーダー役のカルロスは、最後に馬車に乗り込む。

結局馬は現れないまま、冒険者たちを乗せた馬車は出発して行った。

個室が独りでにスムーズに走って行く様を下からあおぎ見て俺は思う、未来の車だなと。

呑気に構えていたが、走り出した馬車の砂ぼこりでむせる。


「兄ちゃん! 大丈夫!?」


真っ先に心配したソラが駆けつけてくれる。

今度はフーが全身真っ白になった俺の顔を拭いてくれる。


「お兄ちゃん、もうちょっと頑張ってね」


フーの優しさが心に染みる。

俺の脇の下にしゃがみ込むソラも俺を励ます。


「オレも頑張るから、兄ちゃんも頑張って」


実はソラも今回の作戦では俺と同じく汚れ役なのだ。

きっと嫌な思いをするだろう。

それでも皆のためと頑張る姿を見た俺がどうして弱音など吐けようか。


「ああ、大丈夫だよ。

ソラこそ無理なら無理って言えよ?」


「兄ちゃんが頑張るなら、オレも頑張る!」


くぅ、涙が出ちゃうよ。

俺の気持ちには気付かない二人は、次の段階に移る。

まずはフーが風を俺と柱にまとわせる。


「オレが持てるように十字架の上に銅の棒を付けてもらったんだ!」


どうあがいても俺からは見えなかったが、柱のてっぺんに避雷針が設置されているような感じかと想像した。

フーの風にも避雷針はびくともしなかったので、きっと溶接してあるのだろう。


「じゃあ、行くよ!」


ソラは約束通り瞬間移動前に声を掛けてくれた。

目的地は街から遠く離れた場所だったので、一回の移動では届かず数回瞬間移動を繰り返した。

再び目を開いた俺は、どんよりした空を見上げていた。

気分のすぐれない俺は自由の効く首をゆっくり左右に振り、ソラだけでなくフーもいることを確認する。

フーが瞬間移動の成功を喜ぶ。


「これでリハーサルもばっちりだね!」


いよいよ作戦が始まる。



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