第65話_会議

ヨーデルの知らせは、すぐに妖狐さんの耳に入った。


「クリーチャーが出たと申したな?」


応接室のソファに姿勢を正して座る妖狐さんは、低く威厳のある声でヨーデルに事態の真偽を問う。

街を統治する賢者と対面した彼は萎縮して、言葉を慎重に選んで応答する。


「ま、まことでございます。

先ほど、赤くて巨大なドラゴンが飛び立っていくのを確かに見ました」


「そうか。

して、場所は?」


「鉱山奥にあった吹き飛んだ山からでございます」


妖狐さんの背後に立っていた俺は、それを聞いてギョッとする。

今、吹き飛んだ山と言いました?

フーが消滅させた山から現れたってこと?

俺たちが山を吹き飛ばしたから、ドラゴンが出てきちゃった?

ま、まさかねー!


「赤く巨大なドラゴン……まさか長年捜索していたクリーチャーがこんな近くで発見されるとはな」


妖狐さんは感慨深げにドラゴンについて語る。

街の統治者が長い間ドラゴンを探していたと聞いて、内心ハラハラしていた俺は少し落ち着く。

自分たちのせいでドラゴンは出て来てしてしまったが、発見できたなら結果オーライだ!


「ふむ、冒険者組合と会議が必要だな。

場所を移そう。

十分後にカンファレンスルームに集まるように」


妖狐さんはスクッと立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。

場所が分からない俺とヨーデルをシルバーフォックスの使用人が案内してくれる。

ちなみにソラとフーは腹ペコだったので、応接室にも顔を出さずに部屋に戻って早めの夕食を取っている。


すでに用意の整ったカンファレンスルームでヨーデルが俺の隣に座り、冷たい紅茶を一気飲みする。

飲み干した後、独り言のようにヨーデルがつぶやく。


「一体あんなバケモン誰が創り出したんだ」


創り出す?

疑問に思った俺は、彼に尋ねる。


「ドラゴンって誰かが創った物なのか?」


「なに当たり前の話をしてんだよ!

クリーチャーは誰かが想像して創り出したもんだろうが。

普通はな、犬とか猫とか身近な生き物なんだよ。

だけどドラゴンなんて、どれだけの魔力を必要としたんだか……」


俺はようやく彼の言葉からクリーチャーがどういう存在なのかを理解した。

何者かの想像から生まれた生命体が、主を失った時にクリーチャーになるのだ。

そして今回発見されたドラゴンというクリーチャーは、桁違いな魔力量で創造され、この界層に置き去りにされたというわけだ。


「失礼致します」


ノックと一声あった後に、ルックルさんがフーとソラを連れてカンファレンスルームに入室する。


「あれ、二人も来たのか!

ご飯は食べ終わったか?」


俺の質問に子供たちは美味しかったという言葉と、お腹をポンポンと軽く叩いて満腹というジェスチャーで答える。

しかし、俺には二人が呼ばれた理由が分からない。

俺がしばし考えている間に妖狐さんも議長席に座り、会議が始まる。


「会議を始めるが、その前に冒険者組合にも会議に参加してもらわねばな」


妖狐さんは指に三度触れ、冒険者組合とだけ口にする。

すると彼女の右斜め前、ちょうどヨーデルの向かいくらいに冒険者組合のオハナが立体映像として現れる。

妖狐さんが触れたのはテルだと分かったが、フサフサの毛が邪魔をしてどんなテルだったかは分からなかった。

指輪だろうか?


「妖狐様、こんばんは。

本日は組合長不在のため、代理として私オハナが会議に参加させていただきます」


「うむ。

ドラゴンが現れたという一報は受け取っていると思うが、今宵はそれについて協議したい」


俺は余計な考えを振り払い、会議に集中する。

ヨーデルが卓上の地図を用いて詳細を冒険者組合のオハナに伝える。

事細かに聞いたオハナは、少し思案して妖狐さんに提言する。


「街から近い距離で大型クリーチャーが出現したとなれば、一刻も早く討伐しなくてはなりませんね。

まだドラゴンによる被害がないうちに」


「そう、被害がないのだ」


妖狐さんは同意とは言えない返答をする。

オハナは賢者の真意を読み取れず、困惑している。


「このドラゴンは長い間生きておるが、不可解なことに害をなしていない。

私は無駄な殺生は好まん。

生け捕りにせよ」


妖狐さんの発言にオハナはゴクリと息を呑む。

オハナはゆっくりと口を開く。

できるだけ感情的にならないように自分を抑えている様子がうかがえる。


「妖狐様、それでは冒険者の参加人数も増やさねばなりませんし、危険も増します」


妖狐さんは、にやりと不敵に笑う。


「承知しておる。

だから今回はこのユージンを使うといい」


その何かを企んだ笑みは俺に向けられていた。




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