第64話_破られた平和

ヨーデルハウス完成後は、本当に平和なもんだった。

特に仕事も与えられず、俺は子供たちとのんびり過ごした。

とある日は、金の池に行った。


「金の池に来るのもご無沙汰だな。

二人が人間になってからバタバタして来れてなかったもんな」


「兄ちゃん!

つまんないから、他の所行ってきていい?」


ベンチに座る俺に、ソラがつまらないと自由を求める。

俺は子供がじっとしていられないのをよく分かっているので、いくつか注意をして遊ばせる。


「わかったよ、行っていいぞ。

ただし、源泉には行かないこと!

それと走り回ってふざけないこと!

周りの人に迷惑……」


気付けば俺の周りには誰もおらず、俺が一人で話していた。

俺の忠告は聞かずに、『行っていい』しか聞いてないな。

不安がよぎる。

だが、金の池は危険がそう多くないと判断した俺は、生きている家族の様子を垣間見る。

一人ずつ見ていきながら、魔力を込めた石を池に投げる。

これは妖狐さんから聞いた話で、こうすることで金の池に映った人物を守れるらしい。

守れるとは言っても、わずからしいが。


「相変わらず、つわりは辛そうだな……」


妊娠中の長女がつわりで苦しむ姿に心が痛む。

しかし俺がしてやれることは、小石を投げ込むだけだ。

モヤモヤしたが、死んだ人間が現世で生きている人に関与しすぎるのも良くないと思い直す。


「お兄ちゃん……」


フーの暗い声が、俺のそばで聞こえる。

ざわりと胸騒ぎがする。

俺はゆっくりと声の方に振り返る。

フーとソラが、葉や泥をあちこちにくっつけ全身びしょ濡れで立ち尽くしていた。


「池に落ちて濡れちゃった……」


「だから、言ったのに!

俺の注意を聞いてないから!」


俺はついつい反論してしまうが、二人は余りにも酷い格好だった。

バスタオルを無から作って二人を拭いた後に、即座にシルバーフォックスに帰ることとなった。


また別の日には、コーヒー屋WEEKENDのヘイブンさんに会いに行った。

久しぶりに赤レンガ造りの店を訪れる。


「いらっしゃいませ。

あ! ユージンさん!

お久しぶりです!」


ヘイブンさんは嬉しそうにした後、後ろに居る子供たちを見つけて不思議そうな顔をする。


「そちらは……?

あ、まずは、お席にどうぞ」


俺たちは窓際の空いているテーブル席に座る。

今日はお客が俺たち以外にも数名いる。


「ご注文は何にしましょうか?」


「ホットのブラックコーヒーをひとつお願いします。

二人は何にする?

手絞りオレンジジュースなんてどうだ?」


ソラとフーはメニューにある写真に目を落として、うんうんと同意する。


「かしこまりました。

それではブラックコーヒーと手絞りオレンジジュースをお二つご用意しますね。

ユージンさん、それで……そちらのお二人は?」


「ソラとフーです」


仰天するヘイブンさんに、シルバーフォックスに行った後から今までの出来事をかいつまんで話す。


「そうでしたか……お子さんに……そうでしたか……」


ヘイブンさんは出来事を噛み締めるように言葉を繰り返す。

もっと話したそうにしていたが、今日はお客が途切れることなく来店して忙しそうだ。


「すみません。

また今度詳しく聞かせてください」


「いえいえ、こちらこそ忙しい時にすみません」


軽く言葉を交わし、店主は他のお客の所へ向かった。

俺は帰り際に、冒険者組合で借りたお守りというネックレスをヘイブンさんに返却した。

お守りとしては、誘拐されたし役に立たなかったと思ったのは秘密だ。


「お兄ちゃん、ジュース美味しかったね!」


「また飲みたい!」


子供たちは手絞りオレンジジュースが相当気に入ったらしく、次回飲むのをすでに楽しみにしていた。

俺たちは温かい笑みと共にシルバーフォックスの前庭から室内に戻ろうとしていた。

ところが平和な時間を壊すようにシルバーフォックスの門が、


ガシャン!


と大げさな音を立てる。

直後、俺たちの背で何者かが大声をあげて知らせる。


「大変だ!

はぁはぁ……緊急事態っ!」


門にしがみついた必死な形相のヨーデル。

息が上がっている。

走って来たのだろうか。


「もしかして、家が壊れたのか!?」


俺の問いにヨーデルはかぶりを振って否定する。


「いや、そうじゃなくて」


俺はハッとして、もうひとつ問う。


「じゃあ、リボンをなくしたのか!」


「だから、そうじゃねぇ!!

クリーチャーだ!

ドラゴンが出たんだ!」


怒号のような叫びに俺たちは固まった。


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