第53話_狐火とは

ピンブローチの震えにワタワタする俺に、トリキュラーさんがすかさず声をかける。


「使ったことがないのですか?

宝石部分に触って話してください」


「えっと、こうか?」


指で震えるピンブローチの石に触る。


「もしもし?」


「使えたようだな」


イヤホンで音楽を聴くみたいに直接俺の耳に妖狐さんの声が伝わる。

おお、電話みたいなものなんだな!


「ユージン、ピンブローチから一度手を離して、もう一度触ってごらん」


言われた通りにピンブローチをもう一回触る。

すると今度は石から妖狐さん側の音が聞こえる。

どうやらスピーカーになったようだ。


「三人とも聞こえるかい?

もう用が済んだから、帰るよ。

戻っておいで」


「妖狐さん、はーい!」


「妖狐さんじゃなくて、ばあばだよ」


ソラが『妖狐さん』と呼んだことに対し、訂正を入れるフー。


「あ、そっか!

ばあば、今行くね!」


「うむ、待っているよ」


通話が切れる。

離れた所で待っていたトリキュラーさんが案内を申し出る。


「それでは、来た所まで案内します」


トリキュラーさんに連れられ、俺たちは来た道を戻る。

外廊下を歩きながら、庭と雲を眺める。

この宮殿は山のてっぺんにあるから、雲しか見えないし、庭もどこまでも続いているように見えるんだな。

まぁ、庭は本当に広いんだが。


「来たか。

帰るぞ」


そう言う妖狐さんの後ろには、俺たちが到着した時と変わらず提灯が何本も並んでいる。

改めて見ると、シルバーフォックスと同様に提灯は庭と不似合いでおかしい。

妖狐さんが小さなかばんから手持ちの提灯を出し、準備完了だ。


「ではトリキュラー、世話になったな。

またな」


「いいえ。

妖狐さま、いつでもお待ちしております」


「ありがとう。

では、三人とも行くぞ。

……狐火」


一瞬にして世界が真っ暗になる。

俺はソラとフーが離れないように、ぐいっと引き寄せる。


「あ、兄ちゃん、怖いんだろぉ~」


それに反応してソラが俺を冷やかす。


「断じて違う!

二人が迷子にならないようにしてるんだ!」


フーが半笑いでツンツンつついてくる。

兄の威厳がっ!!


「そ、そういえば、この狐火でしたっけ?

これって、どういう仕組みなんですか?」


俺は無理やり話題を変える。

前を見据えながら、妖狐さんが答える。


「本来なら、アンジェの街まで行くのに相当時間がかかる。

徒歩なら十日、車なら一日、移動専用の魔具を使っても数時間から一日はかかる。

まぁ、この狐火も魔具の一種なんだが、私専用でアンジェまでなら数分で済む。

その分、魔力もそれなりに消費するがな」


「ソラの瞬間移動みたいな感じですか?」


「それとは少し違うな。

私のは、用意した提灯と提灯の間の距離を圧縮して移動している。

外からは提灯だけがごく短時間見えると聞いたことがある。

ただすぐ消えてしまうから、そばに寄ろうとしても姿はなくなっているそうだ」


「へぇ、不思議ですね」


「ちなみに、私とはぐれてしまうと迷子になってしまうと言ったな。

あれは、移動している道中のどこかに置き去りになってしまうという意味なんだよ」


「ずっと闇に捕らわれたままとかではないんですね。

少し安心しました」


「安心?

そうか?

道中のどこに放置されるか分からないんだぞ。

どこかの燃える暖炉の中かもしれないし、左右上下も分からない雪の中かもしれないんだぞ?

それでも安心と言えるか?」


「はい、すみません。

全く安心できません」


威厳を守るために話題を変えたはずなのに、また弟と妹に笑われている。

なぜだ。


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