第52話_中央都市アンジェ

ポムポム!


妖狐さんが手を叩く。

だが、毛が生えているせいで音は響かない。

まるで手袋をして手拍子をしているみたいだ。


「さて、話は終わったね。

ここからはタルボットと話があるから、お前たちは外で待ってなさい」


「お・と・なの話だね、妖狐ちゃん」


「またお前はそうやって……」


タルボットは呆れ顔の妖狐さんをニコニコ眺めながら、懐から小さな物を取り出した。

手の平にはピンクの何かが乗っている。

それに向かって話し始める。


「私です。

タルボットです。

ユージン、フー、ソラ、この三名を場内の金の池へ案内してください。

では、よろしくお願いします」


話し終わると、手の平をそっと閉じた。

それからタルボットは俺の方へやって来て、それを俺の手に握らせる。

渡された物を確認すれば、それはバラの花びらだった。


「タルボットさん、これは何ですか?」


「音の出る手紙みたいな物です。

それを外に居るトリキュラーという女性に渡してください」


「この部屋に来る前に会った女性だね」


妖狐さんに言われて、俺はここに着いて最初に会った女性を思い浮かべた。

たしか長いスカートを着ていたな。


「分かりました。

じゃあ妖狐さん、また後で。

ソラとフー行くぞ!

タルボットさん、失礼します」


「はーい!

じいじ、またねー!」


「じいじ、また勝負してね!

ばいばーい!」


大賢者に別れの挨拶をして、俺たちは部屋を出た。

再度シャボン玉の膜をくぐると、また広大な庭が見える場所へ戻った。


「おかえりなさいませ。

あら、妖狐さまはいらっしゃらないのですか?」


さっき話題に上がった女性がバルコニーに立っている。

長いスカートをはいている。

間違いなくこの女性が、タルボットが言っていたトリキュラーさんだ。


「あの、これをタルボットさんから預かってきました」


俺はタルボットから預かった花びらを差し出す。

彼女はタルボットからの物だとすぐに分かり、頷いて受け取る。

すると花びらは、タルボットさんがさっき話した内容を繰り返した。


「私です……ユージン、フー、ソラ……お願いします」


伝言の再生を終えると、トリキュラーさんの手の中の花びらは優しく光って消えた。

俺だけでなく、ソラとフーも不思議そうにそれを見つめていた。

その視線から逃げるようにトリキュラーさんは話し出す。


「そうですか。

それでは、金の池へご案内します。

こちらへ」


トリキュラーさんに案内され、俺たちは外が見える廊下を歩く。

廊下から見えるのは、庭と雲。

どこまで広大なんだ、この庭は。

ん?

水の音が聞こえる。


「こちらが中央都市アンジェにある金の池です」


トリキュラーさんが言い終わると同時に、金色の水が吹き出る巨大な噴水が目の前に現れる。

圧倒的な存在感を前に、俺は言葉を無くす。


「これすごいね!

私たちが居た所みたいだね!」


フーがはしゃいで言うように、俺がしばらく世話になった金の池の源泉みたいだ。

規模は全然違うけど。


「みんな!

見て見て!

水が下に流れて行ってるよ!」


ソラは今、下って言ったか?

どういうことだ?

俺はソラの方へ歩いて行く。


「落ちないように気を付けてくださいね」


俺はトリキュラーさんの不意の注意に驚き、早足だった動きを緩める。

恐る恐る端まで歩いて行くと、眼下にアンジェの街が広がっていた。

この宮殿の噴水から流れ出た金の水は、街へと流れていた。

ここにも生まれることができなかった子供の光が舞っている。

街を流れる黄金色の水、舞う光、そしてバラ色が基調になった街。

ここが世に言う桃源郷ってやつだろうか。


「うわぁ、きれいだねぇ」


フーは少し高い所が怖いようで俺にしがみつきながら、感嘆の声をあげる。

俺も同調する。


「本当だな。

これはきれいだ」


ソラと言えば、下がどうなっているのか気になるようでいつくばって眺めている。


「ソラ、落ちるなよ!」


と俺が注意したそばから、彼は手を滑らせて前のめりになる。

俺は慌てて彼を後ろから引っ張る。

落ちなくてよかった……と三人でホッとしてへたり込んでいると、俺のピンブローチがいきなり点滅しながら揺れる。

そして俺の耳に淡々とした音が響く。


「妖狐から連絡です」


これって、ただの飾りじゃなかったの!?


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