第46話_狐火

シルバーフォックスのロビーから大きな扉を開け、広い前庭へ出る。

芝生の生えた前庭を囲む小道に、洋風の屋敷には不似合いな提灯がずらりと並んでいる。

異様な光景に俺は思わず声を上げる。


「こ、これは一体!?」


「私の移動手段さ」


妖狐さんが答える。

ルックルさんが支度の仕上げとして、小さなかばんと持ち手の付いた提灯を妖狐さんに渡す。


「お気をつけていってらっしゃいませ」


「うむ。

留守を頼む。

三人は私の後ろを決して離れず歩くように」


妖狐さんの指示の意図が分からず、俺は当たり前だと思いつつ答える。


「後ろを離れずに歩けばいいんですか?

二人は俺が手を引くんで大丈夫ですよ」


「そうか、それでは始めよう」


妖狐さんは深呼吸をする。

次に言う。


「狐火」


突如として辺りが暗くなり、道に沿って並んでいる提灯に火が灯る。

屋敷の前庭に居たはずなのに、周りが見えなくなった。

見えるのは、前に居る妖狐さんと提灯の明かりだけ。

フーもソラも怖くなったのか俺に寄る。

俺も不気味な空間にひるみ、二人の手を強く握る。


「離れると迷子になってしまうから、私の後をしっかり歩いてくるように。

じゃあ、行くよ」


妖狐さんは振り返らず呼びかけると、歩き出す。

俺たち三人はピッタリとくっついて妖狐さんを追う。

歩いてきた道を振り返っても、提灯はあれども道が見えない。

闇が深い。

確かに妖狐さんと離れ離れになってしまったら、二度と外の世界が拝めないような気がする。


「後ろを見れなくて悪いね。

私も歩く方向を見失うと目的地にたどり着けないもんでね。

ところで、三人とも大丈夫かい?」


意外にも一番早く返事をしたのは、妹のフーだった。


「大丈夫!

ただ真っ暗なだけだから!」


「そうそう、その意気だよ。

ソラとユージンは大丈夫かい?」


「オレだって大丈夫だもん!

兄ちゃんが一番怖がってるよ!」


「んな!

そ、そんなことはないぞ!」


「だって、兄ちゃん、オレたちの手をギューってしてるもん!

怖いに決まってる!」


「くく、ユージン頑張りな」


「お兄ちゃん!

私が手を握っててあげるからね!

怖くないよ!」


恥ずかしい。

だが、実際にみんなが俺を気遣ってくれたおかげで緊張が解けてきた。


しばらく雑談をしながら、提灯の明かりを頼りに真っ暗闇を歩く。

すると、次第に四方八方が薄っすら明るくなり、周囲の風景が見え始める。

まだ完全に見えるわけではなく、布の内側から明るい外を見ている感じだ。


「もう着くよ」


その言葉が合図だった。

幕が取り払われたかのごとく、パァッと外に出た。

まぶしさで目を細める。

出た所にも行きと同じように提灯が並んでいた。

そして庭……というには広すぎる場所に、自分が立っていることに気付く。


「え、何ここ!?」


あまりに広く、庭園の終わりが見えない。

何より目立ったのは、これまた大きな建物だった。

白の壁、大きな窓、薔薇色の屋根。

これぞ宮殿だ。



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