第36話_やらかし

俺たち三人は、さっきの騒ぎが嘘のように静まり返った中庭を通り過ぎてロビーに出る。

ロビーは薄暗いが、最低限の明かりが灯されていた。


「じゃあ、二人とも俺について来い」


俺は二人に声をかけて、後ろを振り返る。

すると、非常にまずい光景が目に入った。


「なぁなぁ、フー見ろよ!

これすっげぇなぁー!」


「え? どれどれ?

見えないよー!」


二人が超高級品である宝飾品のショーケースをベタベタ触りながら、押し合いへし合いしている。

俺が止めようとしたその瞬間、ショーケースがぐらりと揺れた。

そのままショーケースは倒れ、中に入っていた宝飾品が砕け散る。

絶句。


「お、おまえら……」


「ち、ちがうって!

オレじゃなくてフーが押したんだ!」


「えー! ソラが邪魔してたのが悪いんだよ!」


「……二人とも?

自分が悪いって分かってるよね?

人の物に勝手に触ったらダメだよな?」


俺の超低音ボイスと怖い笑顔に二人はビクッとする。

たちまち涙目になり、謝る。


「兄ちゃん、ごめんなさぃ……」

「お兄ちゃん、ごめんなさぃ……」


「はぁ、分かればいいよ。

ひとまず足元にガラスがあって危ないから、その場から動かないで」


俺はソラとフーの近くに行くと、一人ずつ抱き上げて中央階段の方まで移動させた。

二人と階段を上り、二階から粉々になった装飾品を見下ろす。

復元は難しそうだ……大変だ……などと、あまりの事態にどこか他人事のように思ってしまう。

そもそも片付けようにも道具がないため、どうしようもない。

不幸中の幸いか、人がいない時間だ。

人に危害が及ぶ可能性は低いと考え、ひとまずは子供を寝かしつけてからにしよう……とその場を離れた。


部屋に戻ると、ソラとフー二人分の生活用品がすでに揃っていた。

まずは子供たちを寝間着に着替えさせ、歯磨きをするよう言う。

今しがた怒られたせいか、二人ともすぐに言うことを聞いて洗面所へ向かう。

二人が歯を磨いている間に、妖狐さんがさっき使っていたベルを使って装飾品を破壊してしまったことを報告することにする。

気が重い……。


チリリン。


「ついさっきソラとフーを連れてロビーを歩いたのですが、その時に二人がショーケースを倒してしまい、その……商品を壊してしまいました……。

俺が付いていながら、申し訳ありません……。

それで片付けをしたいので、ホウキなど貸していただけますでしょうか。

よろしくお願いします」


話し終わると、言葉が雪の結晶となる。

そして、ドア下部のすき間を通って部屋を出て行く。

どうやら成功したようだ。

ため息をつき、二人を寝室へ連れて行く。


寝室には、驚いたことにベッドが三つあった。

いつの間にここまで用意してくれたのだろうか。

二人は寝室に入るや否や、ベッドにダイブした。


「うわーフワフワ~!」


「オレ、真ん中のベッド!」


ソラが真ん中を陣取り、フーは外が見える方がいいと言うので窓際のベッドになった。

結果、俺は壁際のベッドに決定した。


「ほら、じゃあ、もう寝なさい。

電気消すぞ」


「はーい!

お兄ちゃん、おやすみなさい!」


「おやすみなさーい!」


「おやすみ。

また明日な」


電気を消し、部屋を出る。


また明日……か。

生きていた時は、必ず明日が毎日来るものだと思っていた。

だが、俺は死んだ。

大事な人と過ごす明日が来ないと分かった時は目の前が真っ暗だったが、俺にも新しい明日が来るようだ。

この界層に来て初めて明日の訪れが楽しみかもしれない。


さて、今は感傷に浸っている場合ではない。

俺は寝る前に、あの事故現場にもう一度顔を出すことにした。


中央階段を下りながら、割ってしまった宝飾品の方角を見る。

そこには散らばっているガラスのひとかけらもなく、きれいに片付けられた後だった。

きっと使用人の方が片付けてくれたのだろう。

片付けをしてもらい申し訳なかったなと思う。

足を歩いてきた方へ向け、ソラとフーの様子を見に部屋に戻る。


寝室へ戻れば、二人の寝息が聞こえる。

自分も壁際のベッドに寝そべる。

カーテンの間から入り込んだ月明かりが幼い二人の顔を照らす。

俺は新しくできた妹と弟を嬉しい気持ちで眺めながら眠りに落ちた。



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