第31話_営業後のキッチンにて

ヘックション!!


自分のくしゃみで目が覚める。

差していた日もすでになく、部屋は暗い。

いつの間にかうたた寝してしまっていたようだ。

少し寒い。

体を起こし、窓の外に目を向ける。

もう夜だ。


俺はウォークインクローゼットにかかっていた上着、たぶん一般的にガウンと呼ばれる服を借りて、バルコニーに出る。

他の部屋は、明かりが灯っていない。

薄暗くなった中庭にも人の姿はない。

シルバーフォックスの営業は終了したようだ。


誰もいないのなら、少し散策させてもらおう。

幸いなことに暗くてもソラとフーが居れば、明かりには困らないのだ。


部屋を出て、ロビーに降りる中央階段前までやってきた。

ロビーのライトはついているものの、人気ひとけはない。

やはり店はもう終わったらしい。

もう一度ロビーに人がいないことを確認してから、階段を降りようとすると……。


「あー! ユージンさん!」


後ろから大声で名前を呼ばれる。

人がいないものだと思い込んでいたため、驚いて階段を踏み外しそうになる。

慌てて手すりを掴み、なんとか踏みとどまる。

名前を呼んだのが誰だかはすぐ分かった。


「シルビア! いきなり後ろから声かけたら危ないだろ!!

階段から落ちるところだったぞ!」


「ユージンさん、いきなり呼び捨て~ふふふ」


「そこじゃない。

俺が伝えたかったのは、そこではない。

もういい」


「じゃあ、私もユージンって呼ぶね!」


話がかみ合ってない。

楽しげなシルビアを見て、俺の言おうとしていることは伝わらないと諦めた。


「ところでユージンは何してるの?」


「ついつい寝てしまって、今起きたところで」


「そっか。

特にやることもないなら、少しお茶でもしない?

私も仕事がひと段落したところなんだ」


シルビアの案内でキッチンへとたどり着く。

キッチンにも人はなく、シルビアが飲み物を用意する。

俺は心配になってシルビアの行動を見守る。

だが、すでに温かい紅茶が準備されていて、シルビアはそれをコップに注ぐだけでいいようになっていた。

使用人さんたちもシルビアのことをよく分かっている。

俺もコップに紅茶を注ぐ。


「その光、珍しいよね」


「ん、あぁ、なんか仲良くなったら、ついてくるようになったんだ」


「ねぇ、魔力吸い取るって本当?」


紅茶が変なところに入って、俺はむせる。


「ゲホゲホッ!

あのな! そんなわけないだろ!

俺はその噂で迷惑してるんだ!」


「やっぱり噂なんだ。

それなら、妖狐さんに違うって言ってもらえばいいのに」


「そもそもな、妖狐さんが俺を疑ってるんだよ」


「え?

妖狐さんは疑ってないと思うよ。

だって、ユージンが魔力を吸う怪人だって噂を聞いた時、笑ってたもん」


ん?

どういうことだ?

俺が魔力を吸う怪人だと思ってないってこと?

うーん、妖狐さん本人に確認した方が早いか。


「明日の朝って、妖狐さんに会えるかな?」


「妖狐さんの家の窓が開いてれば、大丈夫だと思うよ。

窓が開いてると、来てもいいって合図なんだ」


「そうなのか。

その……また花を摘むのを手伝うから、明日妖狐さんの所に一緒に行ってくれないか?」


俺は一人で統治者の家にお邪魔する勇気がなかったので、花摘みを理由に彼女について来てもらえないか聞いてみた。


「いいの!?

ついでにカーテン開けるのも手伝ってよ!」


「分かった、手伝う代わりに明日頼むな」


「オッケー!」


交渉成立だ。


それから俺達は紅茶を飲み終わるまで、ソラとフーやシルバーフォックスなどについて話をした。

シルビアはまだ仕事をこなすらしく、工房へと戻って行った。

絶望的にドジではあるが、職人としての努力を怠らず邁進まいしんする姿は尊敬できる。

俺もこの界層でそんな風に仕事をしたいものだ。



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