第19話_ヘイブンの悪い笑み

聞きづらそうな事を尋ねる感じでヘイブンが、俺の事情に触れる。

俺は説明を受けていないと認める。


「あ、はい……そうなんです」


きっと昨日マッシモから俺の諸事情しょじじょうを聞いたのだろう。

ヘイブンは、俺の気の毒な境遇に心を痛めた表情をする。


「何か困ったことはありませんか?」


困ったこと?

一通りマッシモから説明は聞いたし、魔力も存分にあるから特に困っていない。

ヘイブンは親切心から俺に尋ねているのだろうし、突っぱねるのも悪いか。

俺はそう思い、特に困っていないが唯一の難点について述べる。


「特に困ったことはないんですが、あえて言うなら野宿くらいですかね」


「そうでしたか。

野宿だと色々と不便じゃありませんか?

お風呂やシャワーもないですし」


俺は金の池源泉で水浴びしていたが、その事実はそっと心にしまう。


「今のところ、何とかなってます」


俺は誤魔化ごまかして笑う。

だが、ヘイブンはそれを悲しい笑みだと勘違いする。


「お辛いですね。

今はまだ魔力もあると思いますが、何もしなければ尽きてしまいます。

この世界で、魔力は大事です。

命そのものですから」


「命そのもの……?」


とても重要そうな情報な気がして、俺はヘイブンの言った事を繰り返した。


「はい、命です。

魔力がなくなってしまえば、現世へ戻って新たな人生を歩まなくてはいけません。

いわゆる下界送りです」


俺は初めて耳にする情報に目を白黒させる。

マッシモ、頼むからきちんと説明してくれ! という気持ちだ。

現世に戻ってしまえば、俺はもう家族を見守ることはできない。


「あ、もしかして、初めてお聞きになりました?

とにかく魔力がゼロにならなければ、大丈夫ですから」


俺は非常に後悔していた。

なぜって、昨日フーとソラに魔力の大半を譲渡してしまったからね!

命なのにね!

俺はダラダラと冷や汗が止まらない。


「ユージンさん、大丈夫ですか?

コーヒーです。

リラックスできますよ」


出来立てのコーヒーから立ち上がる湯気に誘われるがまま、俺はヘイブンのコーヒーを口にした。

香りと味わいが鼻に抜ける。


「おいしい!」


俺は話のことなど忘れて、ハンドドリップで淹れられたコーヒーに舌鼓を打つ。

ヘイブンは俺が落ち着いたのを見計らい、俺に提案する。


「ユージンさん、働きましょう。

働いて魔力を稼げば安心です!」


「働く!?」


俺はショックを受ける。

死んでもなお働かないといけないのか!

ヘイブンが諭すように俺を説得する。


「魔力を稼げば、魔力が尽きることもありません。

それに野宿からも卒業できますよ!

魔力を稼いで暮らしましょう!」


けれど、まだ魔力は十分あり、俺はすぐに働く必要性を感じていなかった。

ヘイブンは俺のそんな考えを見抜く。


「たくさん働くことはありません。

好きな仕事をして、魔力がゼロにならない程度に稼げばいいんです。

それに、いざという時のために働き口はあった方がいいと思います」


彼の訴える内容には説得力があった。

今は大丈夫でも、必要になった時のために稼げるようにしておいた方がいい。


「そうですね……仕方ないですが、働きます」


俺が渋々しぶしぶ了承すると、ヘイブンの心配そうだった顔は一転して笑顔になった。


「そうですか!

私、いいお仕事を知っています」


そう笑ったヘイブンの顔に影があったのを俺は見逃さなかった。



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