第3話_金の池

金の『池』とは名称だけで、目の前には湖ほど広い金の水面が夕日で輝いていた。


「これが金の池か。本当に水が金色なんだな」


俺は思いがけない風景に、そんな事を口走っていた。

池の周囲は石畳の歩道が整備されており、ベンチまで設置されている。

歩道の近くには木々が植わっていて、さながら公園だ。

荷物を置きたかったので、反対岸に見えるベンチまで移動する。


奥へ進むと、石で作られた寺院らしき建造物が出現した。

すごく小さくしたアンコールワットのようだ。

壁面には美しいレリーフが絵のように刻まれていた。

そのレリーフには天使や、お地蔵様に見える彫りもあった。

和洋折衷……いや、世界中の様式が混ざっている。

あまりないスタイルだなと思いつつ、建物の扉まで行く。

扉は閉じていて中に入ることはできなかったので、俺は周囲のレリーフを眺めながら歩道に戻った。


しばらく歩き、目的のベンチまで来た。

俺は荷物を置いて休むことにする。

ここに来れば何かが分かると思ったが、あるのは珍しい金色をした池だけ。

マッシモとかいうおっさんに騙されたか?

今日は災難だな……とため息をついて、池を覗く。

池を眺めて、俺は今日の予定を思い返す。


本来なら仕事を早く終わらせて、二十歳になる妹の誕生日プレゼントを物色しようと思っていたんだった。

今年一番下の妹が成人で、家族みんなで祝杯を挙げる予定だった。

それを楽しみにしてきたのに、おかしな所に迷い込んでしまった。

末の妹についてボーっと考えていると、金の池にその妹が映し出される。


「はっ!?

なんで!?」


狼狽える俺をよそに、映像は続く。

末の妹がソファでテレビを見ている。

母は、リビングの隅にある位牌の前で手を合わせる。

位牌には『青柳雄仁あおやぎゆうじん』とある。

俺の名だ。

祭壇には、俺の遺影と遺骨も飾られている。

拝み終わって母はグズッと鼻を鳴らし、妹の座っているソファの隣に腰かける。

二人に会話はない。

テレビの音だけが騒がしくリビングを賑やかす。

だが、しばらくすると妹がぽつりと言った。


「今日もいつもと同じだから、お兄ちゃんもどこかでいつもと同じように過ごしているよね」


すると母は堰を切ったように泣き出し、妹も一緒に泣いている。


金の池が見せた映像に俺は確信した。

俺は、死んでしまった。


唐突に思い出す死の瞬間。

部屋で仕事に出かける準備をしていた時に、突然倒れて意識が遠のいて……。


俺は悲しみに襲われる。

愛おしい人たちに、もう会うことも触れることも言葉を交わすこともできない。

またみんなで笑い合いたかった。

一緒の時間を過ごしたかった。

あふれる涙を止められず、流れ出る涙が地面を濡らす。

俺は体を震わせ嗚咽を漏らした。

幸いその場には誰も通りかからず、俺一人だった。


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