第2話_金の池を目指して

歩き出したはいいが、またすぐに妙齢みょうれいの女性に引き止められる。


「この界層に来て間もないんじゃない? あなた。

分からないことばかりでしょお?

何でもこの私が教えて差し上げるわよ。

さぁさぁ、こっちよ」


腕を引っ張られて、またしても連れて行かれそうになる。

その先には腕時計らしき看板が見える。


「いや、俺は金の池に急いでいるから!

ご親切にどうも!」


先程の男どもより力が弱かったので、俺は簡単に腕を振り払って大通りへと走り出る。

後ろでババアが「チッ」と舌打ちする音が聞こえた。


大通りに出れば、多くの人が行き交っている。

だが、俺はその光景に腰が抜けそうになる。

人間ではない動物の姿をしている者が、人間と同じように闊歩かっぽしているのだ。

そうかと思えば、先ほど遭遇した連中のように武器を持った人たちもいる。


俺が呆気に取られていると、街ゆく人々が一斉にこちらを向いた。

本能がこれはマズイと言っている。

逃げ出すより先に人が集まって来てしまった。

俺は追いつめられる。

全員笑ってはいるが、その笑顔が怖い。

集まったうちの誰かが口火を切るように俺の手首を掴む!

すると、大勢が俺に押し売りをしてきた。


「新入りくん! 俺の所の帽子はただの魔具じゃないんだぞ!」


と魔法使いのような男がトンガリ帽子を俺にかぶせ、



「私の指輪はどんな魔力負荷まりょくふかにも耐えられるわよ!」


と派手なおばさんが指輪を無理やり俺の指にねじこみ、



「この僕が描いた絵には特別な力があってだね!」


と訳が分からない格好の人物が俺にポスターを持たせ、



「君はブ男だが、このマントがあればイケメンになってモテモテさ!」


と失礼で鼻につく男に重いマントを俺に羽織らせ、



「これが我が書店で今一番の売れ筋なんだ!」


と顔が猫の男性に本を俺に手渡した。


と、まぁ、こんな感じで、四方八方から声をかけられ、物を押し付けられた。

俺はもみくちゃだった。

だが、俺は諦めてはいなかった。

もみくちゃにされつつも、目の端で金の池への道を探した。


俺には弟と妹が五人いる。

長男の俺は、特殊なスキルを持っている。

それは意識を細分化できることだ。

妹と弟の五人が同時に野に放たれた時に役立った。

子供はすぐどこかに行くから目が離せない。

それが五人ともなれば、常に意識を五つに分散させる必要があった。

今まさにそれが生かされている!


俺はその卓越した技術を駆使し『金の池はこちら→』という看板を発見した。

しかし、押し売りの勢いは止まらない。

むしろヒートアップしていた。


全員が俺に押し寄せ、俺に聞いてもらおうと大声を張る。

俺の耳が、うるさくて限界だと悲鳴を上げている。

声が届かない後方に居る奴らは、隙間から手を伸ばし俺を引っ張って連れて行こうとする。

あちこちから引っ張るから、関節が外れそうになる。

むしろグキッって言っているから、もう外れてるんじゃないだろうか。

痛い。


ついには喧嘩が始まる。


「俺が作った帽子はね!

そこの変な絵よりもよっぽど価値があるよ!」


とトンガリ帽子の男が言えば、


「なんだと!

こんな帽子は魔力に耐えられないだろうさ!

妙な帽子や本を買うくらいなら!」


と訳の分からない絵描きが怒り、さらに喧嘩を売る。


「本を馬鹿にするな!

お前のは、ろくでもない紙屑だ!」


怒った本屋は絵描きに暴言を吐く。


「ふっ、みんなやめなよ。

このミーのマントが一番さ」


こいつは本当に鼻につく。

そして全員がイラっとしたのが分かった。


「この指輪はあの女狐が作ったものなんかより」


とおばさんが言った瞬間だった。

押し売りをしていた全員が黙り、おばさんを睨む。


「あんた、あの人に対してそんな事を言ったらいけない」


最も暴言を吐いていたはずの本屋の猫人間がそう言う。

周りの群衆も静かに頷く。


女狐?

何だか分からないけど、押し売りの勢いが弱くなった。

俺はこれが好機と見て、人垣を押し分けて猛ダッシュで逃げた。


「あ、待て!」やら「商品持っていきやがった!」という声がたくさん聞こえたが、俺は無視して走る。

いきなり走り去ったので、俺に押し付けられた商品の数々は俺が持って行くことになってしまった。

もちろん盗むわけにはいかないので、後で返しに行こうと思う。


俺は、看板の先へ走る。

もう誰も追ってこない。

大通りから少し入ると、そこは夕日の差す細い小道だった。

小道は緩やかに傾斜しており、俺は荷物を抱えてその坂を上った。


坂道を上りながら、俺は知らない単語を思い出していた。

魔具、魔力負荷、女狐……どれも初めて聞く言葉ばかりだ。

ここは一体どこなんだ?


坂を上り終えると、その先に目指していた金の池はあった。

さっきまでの喧騒が嘘のように静かな所だった。

神聖な空間。

まさにそんな場所だった。


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