第2話 動物の一部に過ぎないヒトとしてのおれ



 先ごろ読んだ動物行動学の本によると、狩りの利便性などから2本足で歩くように進化したヒトは、やがて、親指と人さし指で物をつまみ、道具を使うようになった。その手先の器用さがいっそうヒトを進化させ、独自の文明を発展させたのだという。


 その結果、同じ霊長類でも、指先でつまみ上げる動作ができないチンパンジーは、いつまで経ってもチンパンジーのままでいるしかなかったのだと言われると、へえ、たったこれだけの動作の差が、かくまで大きな格差を生じさせたのかと感慨深い。


 簡潔にして要を得た説明をしながら、ものすごいスピードで指先を動かして新機種を器用に操作している担当者も、それを感心して見ているおれも、40億年前に地球に誕生した原始生命体の進化の結果or末裔かと思うと、何とも不思議な感覚がする。


      *


 だが、言うまでもないが、ヒトが自然界の頂点に立つという傲岸は完全な錯覚だ。


 都心のオフィスに勤務するおれが、家族と暮らすためのマンションを購入したこの武蔵野には、人工の極致である高層ビル群と対極に位置する自然がまだ残っている。


 しかし、敢えて地球儀をまわしてみるまでもなく、回転しながら宇宙に漂っていた塵のひとつから生まれ、そのころの習性でいまだに自転しつづけているこの星には、狭量な想像では追いつきようもないほど、途方もなく広大な陸や海が展開している。


 人間界で暮らしていると、動物といえば身近なイヌやネコしか思い浮かばないが、自分がいまこうして日曜日のひとときをスマホショップの椅子に座っている瞬間も、アフリカではライオンやトラが狩りをし、群れの中にいないと落ち着けないシマウマが素早く眠りを貪り、逆に、群れをつくらない習性のキツネはひとりで獲物を探し、一生をかけて無数の国々や海を旅する定めのトンボは、一族のルートを子孫に教え、モテたくて仕方がないクジャクのオスは人気者を装って派手な雄叫びをあげ、イルカは泳ぎながら、渡り鳥は飛びながら眠り、メスの尿を舐めたオスヤギは、恍惚としてフレーメンを繰り出し、最長老のおばあちゃんアルファに率いられたゾウの群れは、足裏に感じる振動で離れた場所の仲間とコミュニケーションをとり、これから向かう土地の雨や雷を感知する……など、それぞれの動物の日常を粛々と営んでいるのだ。


 地球という水の星を根城とするさまざまな生き物の暮らしに思いを馳せるとき、「ヒトは動物を理解し、尊敬する必要がある」という示唆に富んだ提言にも、また「最も思いやりの強いメンバーが多く含まれている動物の群れは最もよく繁栄する。さまざまな生物が互いに関係し合うことにより、ひとりで生きていくより生き残れる可能性が高い共生社会が生まれる」という学説にも、素直に得心がいくのである。

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