地球という水の星で今日という日に 🌟

上月くるを

第1話 スマホショップのコロナ以降事情



 指定された時間にショップに出向くと、客は数人しかいなかった。

 スマホの受信メールのデータを見せると、ただちに窓口に通される。

 対面に座り担当を名乗ったのは、研修の名札を付けた若い男だった。

 

 ――おいおい、研修で大丈夫かよ?

 

 内心で思うが、むろん、不平不満を顔に出さないぐらいの常識は心得ている。

 それにしても、コロナの流行以来、こういう店もすっかり様変わりしたよな。


 かつては長時間待たされるのが当たり前で、人混みのなか待ちくたびれ、ようやく通されたと思ったら、化粧は濃いが専門知識は薄そうな剣突なお姉ちゃんで(笑)、客に突っこむ隙を与えまいとしてか、やたらに早口でまくし立てられ、閉口した。


 だが、だれも予想すらしなかった感染症の発生から2年が経とうとしている現在は窓口の大半が男で、稀な女子もまつ毛がバサバサ音を立てそうなのは見当たらない。


 黒の上下にベージュのジャケットという揃いの服装もなかなか気が利いているし、広々としたスペースに十分過ぎるほどのソーシャルディスタンスが設けられており、むしろ、こんなにまばらな客数で経営が成り立つのか、他人事ながら心配になる。


      *

 

 ――お客さま、お客さま。

 

 担当者に何度も呼びかけられ、ぼんやりしていたおれは、はっと、われに返った。

 若造の研修かと侮っていたが、黒縁眼鏡の目には意外に知的な光が煌めいている。


 これは案外当たりかもな……みょうちくりんなお姉ちゃんに懲りていたころの癖が抜けきれないおれは、内心の値踏みを改めて、紳士的な対応を心がけることにする。

 

     *


 あまり気が進まなかったスマホの機種変を思い立ったのは、ちょっとした不具合を相談に行ったショップで、現行の契約に比して通信の使用頻度が極端に少ないこと、関連のクレジットカードのポイントが溜まっているので、それを使用すれば、新機種に変えても、月々の支払いが現在より相当に安くなることを指摘されたからだった。


 変更は面倒だが、古い機種を使いつづけていると何かと不具合が発生しやすいし、勧められた機種の操作は現在のものとほとんど変わらないようだし、厄介な初期設定はショップで行ってくれるというので、思いきって勧めに従ってみることにした。


 事前のメールで返信しておいた基本的な質問事項をスルーした担当者は、研修中とは信じられない落ち着いた口調で説明を開始する。かつての女子スタッフのように、むやみな業界用語の連発で客をけむに巻くという非礼は、どこにも見当たらない。


 浅くうなずき返しながら、おれの思考は自由に羽ばたく余裕まで見せていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る