番外編

新婚初夜①

この番外編は、終章⑩のラストからそのまま続くように始まっています。

山なしオチなし意味なしの、終章ラストからエピローグまでの空白を埋めるものです。

心にお赤飯をご用意してお読みいただけたら幸いです。


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 その晴れた夜は、取り巻く空気がどこまでも澄み渡り、星の明かりで丘の下に流れる川がきらきらと輝く。


 それは毎夜そうなのかもしれないが、この時のユウナギは、この世をかたちづくるすべての美しいものに門出を祝福されている、そういった感動の中でたった今、夫となった彼と唇を重ねていた。



 実は、唇の感触がつよく感じられない。あまりに胸の鼓動がけたたましく、破裂してしまったらどうしようと心ここにあらずだ。もしふたりして粉々になってしまったら、この夜空に溶けて永遠に漂い続けるのだろうか、なんて考えていたら。


 息が苦しくなった。



 薄目を開けて、ユウナギは口を離そうとした。少し離れた瞬間に一気に口から息を吸った。鼻から吸えばいいじゃない、という事実はまったく意識の外にあった。


 しかし間髪を入れずまた口を塞がれる。そして次に彼は、なんと、舌を口に差し込んできたのだった。


「!!?」


 彼女は驚いた。「なにするの?」そう聞きたくなったが、口を塞がれているので話せない。また軽くまぶたを閉じて、彼が口の中を掻きまわすのをただ受け入れていた。


 これがくすぐったくて、どうにも気持ちがそわそわしだす。これは喜ばしい気持ちのはずだ。その反面、自分の舌はどうすれば? どこに置いておけばいいの? という不安で落ち着かない。ふたつの気持ちがぐるぐる廻って絡まって、またそこに「息が苦しい」も混ざり込み、彼女は逃げ出したくなった。


 とはいっても逃げられない。切羽詰まってやっと、鼻から吸うしかないと気付いた。

 それでもこんなに鼻が近いのに、いいのだろうか。許可も取れない。


 少しずつ、誤魔化し誤魔化し空気を吸いながら、できるだけ「そわそわする」気持ちを掬ってみた。よく分からない、経験したことのない感覚がどくどく押し寄せる。


 これがずっと夢想していた、「愛しい人と唇を重ねると、どうにかなってしまうんだろう」の答えだと知るのだった。


 だんだん身体の力が失われていく実感がある。これ以上立っていられないかもしれないとユウナギは、彼の腕に両手でしがみつこうとした。


 その時、彼は突然、彼女を離した。もちろん彼女は意表を突かれて、彼の顔を目に入れる余裕もなかった。


「……?」


 そして今度の彼は、何も言葉を発することなく、彼女の手をぐっと握って走り出す。


「えっ……??」

 彼が走るから彼女も、手を引かれるままに走る。しかし彼女の足腰は緊張で力が入らず、思うまま走って行く彼に付いていくのが辛かった。

 もう倒れそうだと諦めかけた時、それを彼は察したか、急に止まって後ろを振り向いた。


 ユウナギは嬉しかった。

 やっと向き合えた、そんな気持ちだった。正直、今、彼が何を思っているのかさっぱり分からず、触れ合っているのに少々心細くなっていたのだ。


「ナツ……!??」

 ところがその表情をユウナギが確認するより早く、彼は彼女を抱き上げた。


「ええっ?」

 そしてまた何も言わず走り始めたので、そんな彼にしがみついた。


 丘をくだり、着いたのはすぐそこの洞穴――――木の葉を敷き詰めた、ふたりの寝床。



 彼は、普段ユウナギが雑魚寝をしていた奥の方に、ゆっくりと彼女を下ろし、上半身を押し倒した。そしてまた口を吸い始める。


 ユウナギはここでとうとう理解した。これから始まるのが夫婦の営みというものだと。


 本当は、彼の申し出を受けた時、胸がとてつもなく熱くて、これからの日々が楽しみで、そのわくわくした気持ちを一晩かけて噛みしめようと、それだけを考えた。


 つまり、「このたび夫婦とあいなりましたが、夫婦間の決めごとやあれそれは、また日を改めて」のつもりで、隣に寄り添って、もっと言葉を交わして、この幸せを分かち合いたいと感じていた。


 にもかかわらず前のめりな彼は、ことごとく彼女の予定を粉砕してくる。



――――でもいいか……。もう、やめないで欲しいもん。


 これもその幸せを分かち合う方法なのだと、彼女は納得したようだ。が、余裕を残していたのはそこまでだった。


 一気に纏う衣服を剥がされた。彼が雑に脱ぐのも、ユウナギは薄目を開けて見上げた。

 そうして抱き合うと、ユウナギは身体の内側で嵐が吹きすさぶほどに感動した。胸や腹や腰、脚の、肌と肌が触れ合うのが気持ちよくてどうしようもない。


 いつもは手のひらで触って、物の心地を確かめる。柔らかいものや温かいもの、触れて気持ちいいものは多々あるけれど、こんな肌ざわりは今まで感じたことがない。


 きっと手のほかの肌は、何かに触れて確かめるためにあるのではなくて、だからこそ、手のひらでは体験できない、表しようのない快感を強く強く得られるのだろうと。


 くすぐったいのに嬉しくて、吐息がどうしても漏れてしまう。


 同時にユウナギは、よく分からなくなった。なんだかもどかしい。もっともっと触れられたい。そしてそう思うほど、この思いがきちんと満たされるのか不安になる。この欲求には際限がないのでは、とも。


 だから彼に確認したい。今何を思っているのか、何をしようとしているのか、自分はどうすればいいのか。

 疑問だらけなのに何も言葉にできなくて、ただ彼のやることなすことに身を任せるしかない。どうやら思いもしなかったことがなされている。でも暗闇に溶け込んでいるから平気だ。なんでもいいからもっと触れて欲しい。愛しい人としかできない、気恥ずかしいことだと知っている。それよりも、こぼれてしまう吐息を聞かれることの方が恥ずかしいから、ぐっと握った手で口元を押さえていた。



 そんな頃。



――――い゛っ……!??


 瞬間、下半身にものすごい痛みが走った。


「???」


 ユウナギは真っ青になった。冷や汗が出た。しかし間を置かず、更なる痛みが襲ってくる。



――――い゛い゛い゛ったあ゛あ゛あああ!!!

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