第130話 彼女の蒔いた種は花を咲かせ国を救う
国の東にて決戦の幕上がる頃、今にも中央へ押し入ろうとする、馬で駆ける一行の姿があった。
ここ数日の中央の機構はすでに消滅している。この地区を囲む柵はそのままでも、そこを守る兵はなし。堀も適宜埋められるだろう。丸裸の王宮である。王がいないのだから妥当な話だ。
その一行はそういった状態の中央に辿り着く目的でやってきた。全部で9騎だろうか、それは国の外から二手に分かれ進入し、中央の近くで合流したようだ。川辺で最後の休憩の間、その中心のふたりがこのような会話を交わしていた。
「
「そうか。もう何もない処だろうが」
彼の最側近は呆れて呟く。
「何度でも言いますが。戦が終わって
「毎回俺が王座に一番乗りしてるだろ」
「いつもは王都で最終戦ですからね。本来、あんな国境での戦は好みでないはずでしょう?」
「亡国の女王に一般民を巻き込むなと命令されたからな。仕方ない」
「女性には本当に甘いですね」
彼らはさて行くかと馬に跨った。
「寂れた王宮で、金印や銅鏡がそのままに置かれている、なんてことはないのでしょうね」
「また俺たちで、海を隔てた国との交流を始めればいいんじゃないか。いつになるか分からないけどな」
「相当長生きしないといけませんね……」
しばらくして大王は中央の門をくぐった。
「まったく静かだな……」
それは彼にとって想定内だ。密偵からの通達を昨晩にも確認した。ここで権勢を欲しいままにしていた集団は今、東の戦場にいる。彼らを支える従者らも、ここにいても最早仕方ない。
彼はまず、国の御神体が飾られている本堂に観光へ、と洒落こみたかった。獲った領地の中心に、一刻も早く制圧の旗を掲げるのは、彼の趣味である。側近はどこまでも付き合わざるを得ない。
数名の部下を携えて、意気揚々と前進した頃だった。彼の目に入ってきたのは。
「!?」
「これはいったい……」
おびただしい数の「人」であった。
彼の連れる従者もみな、目を疑った。想定では、人は残らず消え去っている寂れた界隈であるはずが、確かに存在する、そこを埋めつくす人だかり。
言葉を失った彼らはそして、気付くのだ。彼らはみな選りすぐりの手練れだが、十名足らずの団体。しかし立ちはだかるは、おそらく千を超える男たち。前衛には兵士のような者もいるが、農具を手にしたいかにもな農民といった者も。どちらにしろ、戦おうにも数が違いすぎる。
その時、この大勢の人だかりが中心で割れた。
これによりできあがった道から今、現れるひとりの男。大王一行に凛として歩み寄る。
それはまるで、彼の突出した何らかの力で、大きな川の水が半分に割れたように、大王には見えたのだった。
「お初にお目にかかります、敵国の王。私は亡国の参謀、名をサダヨシと申します」
彼は大王を、物怖じのない、鋭い目で一直線に見つめた。大王もその眼光を受け取り、じっと彼を見つめ返した。
「ここにいる大勢の人民は、ほんの土産です。私をあなたの臣下にしていただきたい」
この男はおかしなことを言う。土産とは言うが、ここを王が制圧したなら、人民は自動的に彼のものとなるわけだ。そして王の決定で亡国の参謀が生かされるならば、彼も自動的に臣下になるのだ。
しかし、ここはこの男の一存で、土産である人民は間を置かず大王一行に牙を剥く。
サダヨシは回想する。
――――「戦の起こる日、中央に多くの民を集める……。力を尽くしますが、いったいどういうことでしょう? 侍女らにも暇を出し、中央はその時もぬけの殻となりますよね」
ユウナギは自信を持って言う。
「大王はね、勝てると分かってる戦にわざわざ参戦しないの」
「大将なのにですか?」
「大将なんて臣下に任せて、好き勝手してるわよきっと。彼にとってそんな戦、時の無駄だから」
サダヨシにはその根拠を知る由もないが。
「ではその時、大王はいったいどこで何をしているのですか?」
「中央に来るわ。数人の厳選した家来を連れて」
「は??」
「人っこひとりいなくなった中央で、わーいわーい!って。私の部屋も荒らされるかも。別に見られて困るものとか置いてないけど」
予言師である彼女には、彼女だけに見えている景色があるのだろう、とサダヨシは茶々を入れるのをよしておいた。
「だからそこへ、あたかもあなたが操ってるかのように、大勢の人間を連れて彼の元に参上すればね。意表を突かれた彼は、“できる仲間は多い方がいいからな~”ってあなたを受け入れるわ」
「はぁ……」
「でも油断はしてはだめよ。従えた臣下の中に、彼の長年連れ添った最側近の男が必ずいる。前に言ってた、綺麗な髪の参謀ね。大王の信頼をある程度勝ち取るまで、その男を捕えて人質にしておいて。彼に見破られない隠し牢を、中央の外に用意しておいてね、あなたの錠前を使って」
サダヨシは聞く。
「一目で分かりますかね? どういった男なのでしょう、髪以外で、特徴的な見目、など」
「ほぼ白髪の、およそ豪快とは無縁の、品の良いいで立ちなのだけど。きっとその時は兜を被ってるでしょうね。特徴って言うと、とても全体を良く見ている。冷静に、まさに参謀、といった……まぁ、あなたの
顔には出さないが、大王は困惑している。
「これはどういうことだ? これだけの人員を集め、俺を討つことも捕らえることもせず、すべて差し出すというのか?」
「そうです。ここ周辺に潜んでいたそちらの間者もすべて捕らえてありますが、それは念のため。私は全面的に降伏しております。ただ、戦が終わり、あなたの兵の多くがこちらへ到着したら、私やここにいる者などいとも容易く捕らえられてしまう」
今、圧倒的に有利な立場においてサダヨシは言い放つ。
「なので、こちらにひとり人質を取らせていただきます」
「人質?」
大王は訝しんだ。
「たったひとりで構いません。確かに私を臣下とみなして頂けたと心に落ちた時、即お返しいたします」
「ほう」
「ただし、私がそれを選びます」
たったひとり、というのだから、ひとり長く重用している特別な者がいることを知っている、という主張だ。そしてそれを8人の中から当ててやる、という宣言でもある。
それはサダヨシの「私を見定めろ」という宣戦布告であり、大王はその時点で彼の勝気な性格が気になり始めた。
大王には斜め後ろに、ぴたりと添っている男がいる。サダヨシはその男の横を通り過ぎ、後ろにいる者らをよく眺めてみた。そして振り返り、大勢いる民に向かって叫ぶ。
「この御仁を、例の間に連れていけ!」
彼が示したのは、いちばん後ろで存在感を放たない者であった。その馬上の士は装備している兜をおもむろに外す。するとそこから、流れるような白い長髪がはたりと落ちた。
その男に抵抗する意思はない様子。サダヨシに指示された部下が、馬から下りた彼を丁重に案内する。
そして、彼に一言声をかけるため同じく馬から下りた大王に、サダヨシは跪いて言った。
「私は国の役人ではありましたが、為政の一族の血を引く出ではありません。あなたに歯向かう企図もございません。いかようにもお調べください、そして私をお傍にお置きください。あのお方と遜色ない働きを、お約束いたします」
大王は長年の友を連れていかれたが、たじろぐ姿は見せなかった。
「まぁ、いいぜ。できる仲間は多い方がいいからな」
サダヨシは微笑みをたたえた。
「私の部下がこの地区をご案内いたします。あちらへどうぞ」
サダヨシは、まだ大勢の“協力者”が取り囲む広場を眺め、目頭を熱くした。
「あなた様の策の、まず、一段階めを突破しました、女王」
きっと大王も思うだろう。ここに集めた人員を戦場に送っていれば、対等な戦となったであろう。それをしなかったのは、国の女王の甘さかもしれない。
しかしここに集められた者は、戦いに来たのではない。後方にいる者らは、農具どころか木の枝すら持ち合わせていない。ただ女王が、「その日、中央に人を募っている」と言うから、力になりに来たのだ。
ここで兵士様の者は、隣国である南西の国と北西の国から送られてきた兵、締めて三百ほどだ。ユウナギは
それ以外の、およそ七百の者はみな国の一般民だ。いちばん大きな集団は、この中央を囲む7つの
南の方からは、医師を通じて幾らかの
更に、祖国で父親よりこの計画を聞いた歌姫シュイが、自身も協力できるかもしれないと、また国に戻り伝手を頼るため奔走した。彼女こそ国中の人々を魅了して回った存在だ、使える駒は多いのだろう。
先だっての、乗っ取り計画倒れの東邑からも人員は送られてきた。みな、女王の、民の未来を守りたい、との思いに応えたのだ。それらはみなひとえに、国の民の強い団結力と、神子への信仰心のなせる業であった。
「あなた様の、国の民を思う心が、実を結んだのです」
サダヨシの目には、うすら涙が滲んでいた。
「ここに戻らなくてもいい。どこででもいい。どうか……、どうか生きてください、女王!」
戦場の彼女に届くよう声を張り上げた彼は、これから長きにわたるだろう役目を果たしに、前へと歩み出した。
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