第115話 劇場版 “選ばれなかった方の道”

「どうだ?」

 弟子の成長をうっとり見ているユウナギに、ミィは緊張で顔を強張らせ聞いた。


「いいよ、気持ちよく舞えてる感覚あるでしょう? 練習を続けて、自信ついたら母君に見せよう。きっと喜んでくれるよ」


 それを聞いたミィは跳ねて喜ぶ。そんな彼女を見つめユウナギは、まるで我が子へのような庇護欲の湧く自身を、否定できなかった。


 「連れて帰りたい」、そんな願いが芽生えたことに気付いて幾日もたつ。ここが国なら今すぐにでも、女王の権限を以って中央に連れ帰るのだが。


――――この子の言う通り、母君があと半年ほどで他界するのなら、それまで待って、連れて帰れないかしら。


 ユウナギは自分が待つ姿勢でいるだけ有情ではないか、という意識にもなっていた。ことこれに関しては、支配者の傲慢さに疑問を持たないようになっているのかもしれない。



 そこでミィが突然、こう言いだすのだった。

「お前、俺に何かして欲しいことあるんだろ? みたい夢があるとか」

 その言葉にユウナギは肝を潰す。こんな子どもに見抜かれているのかと。


「あなたはもしかして、何もかも分かっているの?」

「何もかもってなんだ?」

 そう無垢な顔で尋ねられても、一から説明するには心の準備というものが。


「俺の夢見の技に興味あるなら、舞いを教えてくれた礼に、話に乗ってやらないこともない」

「ほんと!?」


 彼女は普段から遊び道具として、神の力を面白おかしく使っているらしい。

「夢見の技って……たとえば、ふたつの道があって、選ばなかった方の夢がみられる、とか……そんなのできるわけないよね――……」


「できるぞ?」


 寒気の走るユウナギだった。それはそうだろう。実在するのだ、話を聞いてもどこか半信半疑だった、この上なくふしぎな力が今、目の前に。


「あなたはこんな小さいのに、神の力を自在に操れるの?」

「……神? 神の力なのかこれ? 前からたまに、そんな夢をみたりしていたんだが、今は自分の好きにできる。でも役には立たねえ」

 彼女は歯を見せて笑った。


「だって苦い山菜汁飲んだ晩に、やめておいた川魚汁飲んでこれうまい!って夢みても仕方ないだろ?」


「……そうね。でもそれ、私の選ばなかった道でもみせてくれるの?」

「他人のはやったことないけど、できそうな気がする」

 巫女特有の勘のようだ。


「なんかそれであるのか? みたい夢が」

「え、ええ……」

 ユウナギはたじろいだ。実現するとなると、物怖じしてしまう。もしそれをみることで何か、後悔するようなことがあったらどうしよう、と。


「所詮、夢だ。嫌な夢なら忘れればいい。どうせ夢なんか良くても悪くても、すぐ忘れるだろ?」

「ねぇ、あなた本当に8つ?」

 しかし彼女の割り切った考えに乗ることにした。


「で、どうすればいいの」

「選ばなかった道の始まりを思い出しながら寝ろ。それで、手を繋いで寝たら俺がお前に力を送る」

「手繋ぎ? なんだか照れくさいわね」

「なんで照れるんだ!」


 ミィも実は手を繋いで寝ることが嬉しくて、頬がゆるんでいる。ふたりは気持ちのいい原っぱに寝転び、目を閉じた。雲がゆっくり流れ、それに合わせて陽の光を浴び、感じるのは夏の陽気だ。ユウナギはすぐにも夢の世界へ飛び立った。



 ユウナギが夢の世界に溶けるように潜り込んだら、そこでみえてきたのは、歯を食いしばり前へと突き進む自分だった。


 これは運命を知ることになった旅から帰った彼女が、「彼」に「国を捨てて一緒に逃げよう」と告げるつもりだった場面だ。ユウナギは、確かにこの時点が求めていたところだと、ミィの力に感心した。


「これがお前の“選ばなかった道”の始まりか?」

 遅ればせながらミィもやってきた。


「うん。そう、ここ。ずっと心残りだった。もしここで、“私を選んで”と言っていたら、どうなっていたんだろうって……」


 その時、気が付いた。夢の中のユウナギは、自分のしたある行動をしていない。


「何か違ったか?」

「私はあそこで、一度立ち止まってうずくまったの。足が震えて、涙が出そうで……。でも“この私”は……」


 彼女は目から涙が零れても、瞬きしないで歩み続けた。そしてトバリのいる執務室の戸を、“その手で”開けたのだった。


 入室してしばらく、彼女は彼から目を逸らしていた。彼はそんな彼女の態度をふしぎに思うが、ともかく仕事を慌てて片付けている。


 ユウナギはそこにある棚からこっそり短剣を取り出した。執務室には護身用のそれが用意されていると知っている。

「ユウナギ様、少し待っていてくださいね。実は今日、これからあなたと……」


 彼の優しい声を聞くや否や、彼女は彼を押し倒した。まったく突然のことで、彼は目を丸くする。そして彼女は彼の喉元に、短剣を差し向けた。


「私の命令を聞いて。聞いてくれなければ、あなたを殺して私も死ぬ」



 これを空中からみたユウナギは、「えええ――!!?」と憚らず叫んだ。


「大声で叫んでも誰にも聞こえないから大丈夫だぞ。ここは夢の中だからな」


 ミィはこの夢の意味が分からないので平静である。ユウナギにとっては、あの時私こんなにも思いつめていたっけ!?と度肝を抜かれる話だ。思いつめていたのは確かだが、ここまで大胆なことを考えていたのか、と。


「人間、案外自分のことは見えていないからな。新しい自分を発見できて良かったな!」


 ミィの言葉も聞いていられず、ユウナギは続きに刮目する。



「どうしたのですかユウナギ様……。いったい何が……。命令とは……」


 トバリも思わぬことで、頭が対応できていない。しかし目前のユウナギは目にいっぱいの涙を溜め、決死の表情で訴えている。そこに嘘はない。


「国を捨てて……一緒にどこか遠くへ逃げましょう……この運命から逃げるの」

「国を……? それがあなたの命令ですか……?」


 彼は、急にそんなことを言い出すこの状況が尋常でないと理解し、話を聞く姿勢になった。


「始めから話してください。捨てるとか、逃げるとか……話を聞いてからでないと……」

 そこでユウナギはとうとう泣き喚いた。


「私だって命令でこんなこと言いたくない! あなたに心から求められて、選ばれたかった!!」


 彼はどうして彼女がこのようなことを言い出したのか、簡潔に理由を知りたいのだが、ここは男女の差だろうか。空回りの説明でとにかく時間のかかること。ともあれ、ユウナギは未来の時空で得た情報を打ち明けた。死を避けるにはそれまでに逃げて、戦に出ないようにするしかないと。


 トバリの顔もみるみる青くなった。


「未来は変えられない……。我々が逃げたとしても、国は潰える運命なのでしょう?」

「変えられるかもしれないじゃない! 今までは本気で変えようとしてなかっただけかもしれない!」

「だから、建国から今日こんにちまであり得なかった、次期女王不在の国にする、ということですか?」

「そうよ……。今ここで死ぬか、私を連れて逃げるか、選びなさい!」


 彼は一度目を閉じた。そして真剣な眼差しで彼女の目を見た。

「あなたを救うためならなんだって」


 ユウナギは指先も唇も震え、次の言葉が出なかった。頭もぐらぐらとして、もはや自分が自分でない。


 ふたりはしばらくの間、その場の沈黙を保った。


「しかし、突然中央を混乱に陥れるのは本意ではありません。どうやっても避けられないことですが……できるだけ準備をしたい。3人の我が子も……逃がしたいです」


「え、ええ。私も、港譲渡書を奪いにいかなくてはいけないから、すぐというわけでは……」


「では、あなたが東方の館から帰ってきてから……それからですね……」


 絶望に追い詰められないよう、自我をどうにか保とうとする彼を見つめ、ユウナギは哀しくなる。それでも彼を救うにはこうするしかなかった。


 複雑な思いを胸に抱いたまま、彼女は和議の館へと旅立った。




「嘘……。兄様は、選んでくれたの? 国よりも……何よりも、私を?」


「あんな脅迫しておいて選んだも何もないだろ」

 ミィは呆れ返った顔をしている。


「そ、そうだけど! ……だったら……。あの時、言えばよかった……」

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