第114話 ユウナギ師匠のダンスレッスン
「ああ、もう朝か……」
目覚めて早速、夢でみた道具を探し始めた。
「忘れないうちに~~! あったあった」
それをじっくり見てみたら、真ん中の突起の側面に、非常に小さな穴が空いている。
「職人の技術すごい……。2本重ねて、ここに棒を差し込むと固定されて、離れなくなるのね」
ユウナギは感じた。これは母が兄弟に「これからも共に、助け合って生きていくように」と願掛けた作品なのだと。
「一緒に生まれてきたんだもの、ちゃんと仲良くしてねって言いたかったのよね、きっと……」
この「上手くいかなさ」がやるせないユウナギは、この日もぼーっとしながら布を織っていた。そこにやってきたミィが、またおせっかいを焼きたくなった様子。
「今度は何を悩んでいるんだ? またあの息子のことか?」
「夢をみたんだ……彼の母君の夢」
誰でもいいから聞いて欲しい。この悶々とした感情を吐き出したかった。
「亡くなってる人にはもうどうしようもないけど……彼らは生きてる。今からでも変えられるものがあるはず。でも私は他人だから、説得力がない。私があの母君の夢をみても仕方ないのよ、彼がみなきゃ」
「なら、それも手伝ってやるよ? やったら礼くれ」
「ん?」
「お前がみた夢……、夢の中の母親の表情を、あいつにみせればいいんだな?」
ユウナギは怪訝な顔をした。
「俺そういうの得意だから。普段はいたずらでしかやらないが」
「??」
「俺、秘密だけど、夢使いなんだよ」
「ユメツカイ?」
「得意技がいろいろあってさ。ひとつに、夢を人から人へ移すことができる。……あ、信じてないな?」
ユウナギのぽかんとした顔を、ミィは口先をすぼめて睨みつける。
「え、えーっと……」
そういえば、この子が巫女であることを忘れていた。予言ができるなどの発言がいつ出てくるかと当初は思っていたが、唐突に夢の得意技とはいったい。
「移すってどうやって……?」
話をしっかり聞くことにした。
「まず俺と額を合わせて、みた夢を思い浮かべてみろ」
彼女の言うことはずいぶん単純だ。言われるままにやってみた。
「この夢あいつのところに飛んでけー!って俺が願ったから、近いうちみるよ」
「こんな簡単に?」
とても信じられない。
「これが上手くいったら、俺に天女仕込みの舞いとやらを教えてくれよな!」
「え、ええ……?」
そしてミィはまた採集のため外へ出ていった。
それから3日が過ぎた。この間ユウナギは、果たしてミィに舞いを教えていいものか、ずっと考えていた。双子の兄弟の母と違い、ミィの母は存命なのだ。聞きに行けばいいのでは、とも思った。しかしなぜだか集落に足が向かわなかった。行動的な彼女にしては珍しい。動物的勘というものだろうか、この付近から離れない方がいいと感じた結果、考えを巡らせるだけに終始していた。
この日、またユウナギが薪を割っていたら、竹藪から男がよれよれと歩いてきた。
「……何をしに来たの?」
「あ……」
男は気まずそうに話す。
「俺のも、あったんだろ……おふくろの形見の……」
「あなたの、じゃなくて、ふたりの、ね」
ユウナギは懐から、布に包んだその道具を取り出して見せた。
「これ、おじいさんと試してみたんだけど、こうやって2本の指を輪に入れて刃を開いたり閉じたりするとね、とくに力を入れなくても、布が思い通りにざくざく切れるの。1本じゃ切れないのよ。すごい発明品!」
彼は無言で受け取った。
「母君の言いたいこと分かるよね。決して兄の方だけ大事に思ってたとか、そんなことないの分かったよね!?」
「あ、ああ……」
彼は泣いているようだった。久しぶりに母が夢に出てきて感動したのだろう。それがいちばんの説得力だ。
「でももう兄君はいないのだし、今からでも母孝行したいなら、父君と一緒に暮らすことだけよ、あなたにできるのは」
ユウナギは彼の背中に回って押し出した。
「向こうの林にいるはずだから、久しぶりに話したら?」
「ああ……」
すぐにとはいかないかもしれないが、また父子が支え合って暮らす日々に戻りそうだと、ユウナギは期待を膨らませた。
そして引き続き薪を割りながら、彼の母に思いを馳せるのだが。
「やっぱりね! 生んだ子はみんな平等に大切だし、禍根を残すようなことするわけないのよ。これはたまたま、すれ違っちゃっただけ!」
老人は2本の刃についてよく知らなかったというし、兄の方はその存在に気付き、弟の方は気付かなかった、それだけの話だった、という説が固い。
ユウナギはきょうだいの気持ちも、親の気持ちも分からない。だけれど。
「ミィの母君ももしかして……。ミィ?」
ちょうどミィが来た。
「爺さん林で見つけたけど、息子が来てて話しかけられなかった」
「そう」
ミィは近くの切り株に座り、ユウナギの薪割りを眺めていた。
「あなたは兄姉がたくさんいて、兄上ばかり姉上ばかりと考えることはない?」
「いつも考えてるぞ。俺より長く母上と一緒に……」
「あ、そういうことじゃなくて。受け取る思いの深さとか優しさとか……」
「別に」
「そう、そうよね。でも、やっぱり難しいのかもしれない」
ミィの顔を見ていたら、自分の考えがより固まってきた。
「もしかしたら、母君があなたや姉君に舞いを教えなかったのは、娘全員に教えられる確信が持てなかったからかも」
「?」
「舞いがとても好きで大得意で、それをぜひ子に伝えたくても、教えられない子が出てきてしまうかもって思ったら?」
「教えられない子?」
「遅く生まれた子の方が、自分が年を取って衰えたり、いなくなったりして、その可能性が上がってしまうものでしょ?」
遅く生まれた子であるミィは、想像の不平感で口を尖らせた。
「想像でしかないけどね。知らない人だし。でもそういうことだとしたら、私が教えるのは問題ないわけ」
「教えてくれるのか!?」
こうも期待されると、そういった理由だと信じるしかないだろう。
「まぁ基礎だけね。真剣にやるなら2、3年必要だし。でも基礎をしっかりやれば、あとは自己流で訓練を続けられるから」
ミィの特訓が始まった。これの間ユウナギが思い出すのは、もちろん義理の母、先代女王だ。彼女と違ってユウナギは自分の力で舞いを習得したのだし、教えられる側の気持ちも分かる。それでもやはり、手ほどきするというのは難しい。手本を見せて「ここはこうでこう」といった漠然な言葉しか呈せない情けなさも、何度同じことを注意しても改善しない弟子への苛立ちも、まったく身に染みるのだ。教えるなんて無理だと投げ出したくなる気持ちやら、それなのに、どうしてもこの子に自身の持つものを授けたいという願いやら、師というより“親”なのでは、といった思いまでもが交錯する。先代女王もこんな気持ちだったのだろうと思いを馳せるたびに、これまたほのかな幸せが胸に広がる。
感情の振れ幅大きな時の中、根気よく、ほぼ毎日続け二月たっただろうか。ユウナギはミィの舞いを見て一言こぼした。
「天女の子どもみたい……」
ユウナギは自身の舞いを客観的に見たことがない。全身が映るほどの大きな鏡の前で舞うことなどないからだ。ただ周りに美しい美しいと言われるから自信を持ってやっていた。
しかしここで実感した。きっと舞う自分はこのように人の目に映るのだろうと。
いや、3年訓練した自分はよほどうまく舞えるという自尊心もあるが、自身の舞いはこう人から見えるのだろうと知るには十分だった。
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