第112話 親孝行、する気になった時に親は無し、だから。

 外に出たら、ちょうど老人が大きなかごを持って出かけようとしている。川へ洗濯に行くというので、ユウナギは積極的に手伝いを申し出た。


「宿代以上の働きしますよ!」



 川まで歩く途中、ユウナギはふたつある家屋について聞いた。

「さっきもう一つの方ものぞいてみたけど、同じ大きさで、同じように作られた家ですよね」

「ああ、息子がふたりおったんでね」


 老人には4人子どもがいて上ふたりが娘、下のふたりは双子の息子だったようだ。うち3人は既に亡くなっている。


「寂しいですね……」

「いささか長生きしすぎたようだ」

 彼は寂しく笑う。


「じゃあその残るひとりの息子さん?はどこに?」

「死んだとは聞かんし、どっかにおると思うが……もう10年ほど疎遠でよう分からん」

「10年!?」

 これは確実に何かあったのだろうが、聞いていいものか彼女には分からないので。


「えっと、奥方は?」

 とりあえず話題を逸らした。


「妻が逝ったのも10年前なんだ」

 ユウナギは、長生きも考えものだな、と新しい見解を得た。きっと奥方も長生きの方だったろうに。


「やっぱり奥方と一緒に物作りをしていたんですか?」

「ああ、妻は俺なんかよりずっと、物作りの才があってな」

「へぇ!」

「妻も子どもの頃、家族とどっかからこの島にやって来たんだよ。あいつは鍛冶部かぬちべとかいう一族の出でなぁ」


 聞き慣れない言葉だ。どうやら鍛冶に従事していた部民のことらしい。


「近くの山で銅が採れるから、それでいろいろ考案して作っとったよ。あいつは鍛冶の技術だけじゃなくて、新しいもんを考え出す才もあったんだ」


「すごーい! ……あ、じゃあもしかしてこれ!?」

 洗濯の手を止めて、ユウナギは懐から例の小刀を出した。


「ああ、それは妻が息子に残したもんだ。あいつの最後の作品でな、大作だって言っとったかなぁ」

 彼は笑った。そしてその後に溜め息をついた。ユウナギは彼のその態度にも違和感を持ったが、なによりこのおかしな形の小刀が大作、というのもふしぎだ。


「これ、小刀ですよね?」

「うん? そうだなぁ」

「でもこれ、変ですよね」


 木の刀柄の端が輪になっている。使えなくはないが握ると妙な感覚だ。それに刃をよく見ると、表側にしか刃先がないのだ。そして裏側はどうなっているかというと、非常に細かい横溝が、柄の方までびっしりと刻まれている。


「こんな小刀は見たことがないし、これ本当に何か切れるのかしら?」


 老人はそれを手に取ったが、やはり細かいところはもう見えないらしい。触れればそのざらざらした感覚は得られる。


「……これは俺にとって、いわくありの品でなぁ」

「いわく? 奥方の霊が憑いているとか?」

「そんならむしろ嬉しいさ。そういうことじゃぁなく……身内の恥を晒すようだが……」

 老人は恥とは言うが、昔話がしたくなったようだ。


 それは妻が亡くなった後、息子らが兄弟喧嘩をして、片方がこの小刀で片方を刺したという話だった。

 怪我をした息子はここを離れ、集落の方で暮らした。もう一人の息子も父親に咎められ居づらくなり家を出た。こうして家族はばらばらになった。


「どうしてそんなことに……」

「あいつは詳しく語らんかったが……自分だけ母の手作りの小刀をもらえんかったことを、気に病んだふうだったかなと、今思えば……」

「? 奥方は、片方の子だけに渡したんですか?」


「俺はよく分からんのだよ。いつ妻がそれを双子の片方に渡したんか、どうして片方だけなんか。確かにそっちの息子は、子どもの頃から素直ないい子でな。逆にもうひとりは反抗してばっかの怠け者だった。かと言って、あいつが片方だけに何かを渡すなど……ん?」


 その小刀を指先で触れていたところで、老人は何やらに気付いた。


「何か?」

「俺の記憶が確かなら、この小刀の真ん中は……」

 ユウナギが彼の言う、柄と刃の境目部分を見ると、丸い突起が付いている。


「ぼこっとしとるよなぁ、ここ?」

「ええ」

「息子が兄を刺しちまった小刀……その真ん中は穴が空いとったはずなんだが」

「穴??」




 その後、洗濯から帰ったらミィが来ていて、本日の彼女はつくしを摘んでいた。ユウナギは一緒に摘みながら、ミィに老人の息子について尋ねてみた。


「おじいさんの息子は集落に住んでいるの?」

「あー、集落を出てすぐのところに住んでるな。こことは反対側の」

「そう、一緒に暮らせばいいのにね」


 ミィは言う。

「きっと後悔してるんだ。親が死ぬ前に孝行してやらなかったって。だから逃げてるんだよ」

 ユウナギは、子どものわりに孝行なんて立派なことを考えるんだ、と舌を巻いた。


「でも母が逝った後に後悔して逃げて、父にもできなかったら何の反省にもなってないじゃない」

「反省して、それが生かせるような奴なら、最初から苦労しないだろ」

 子どものくせに一丁前に言う、と思ってしまう。


「よし、俺に任せろ。爺さんの駄目息子をここに連れてきてやるよ」

 ミィは自信ありげに言った。そこで

「俺も、母上に何かしてやりたいんだ」

と、普段より溜めている思いを吐き出した。


「ん?」

「なんか母上が望むこと叶えてやりたい!」

 だからか老人の息子にも同情する部分がある様子。


「親孝行ねぇ。家の手伝いを毎日してることが孝行じゃないの?」

「そんなのみんなやってることじゃないか。そうじゃなくて、母上の死ぬまでに叶えたい望みをこの俺が!」

 きょうだいを出し抜きたいらしい。


「ええ? んー、なら母上に何が欲しいか、または、して欲しいか、それとなく聞いてみたら?」

 ミィは真剣な顔で頷いて、走って帰っていった。



 翌日は老人が身体の調子も良いとのことで、少し遠くで素材を集めてくると出かけていった。なのでユウナギは代わりに、彼の家屋の前で薪を割っていた。

 ふと顔を上げた時、近くの竹藪から顔をちらちらと覗かせるひとりの男が。不審に思い、彼女は斧をかざして近付いた。


 男はそんなユウナギから逃げ出した。逃げられたのでユウナギは追いかける。男と女の法則である。


 しかしどうにもその男は鈍くさく、あっさりつまずいたところを、ユウナギはその背に飛び乗った。


「何者!?」

「お前こそ何者だ!? ……まさか親父の新しい妻!? いくらなんでも若すぎないか!?」

「親父??」



 話を聞くと、彼は老人の、たった一人残った息子であった。集落から女児がやってきて、父親が明日をも知れぬ命だと言い捨てて帰ったので、いちおう様子を見に来たらしい。

 ユウナギはせっかくミィがおびき寄せたのに、ここで早速「嘘でした」と言っていいものか、考える。


「うん……明日をも知れぬと言うほどじゃないけれど、ひとりで暮らすには心配な感じだから、もう戻ってきたら?」

「ひとり? お前、新妻なんだろ?」

「妻じゃありません」


 ユウナギが珍しく真顔になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る