第111話 いやもうそれどうしようもないきょうだい格差

 ユウナギは少女の悲し気な顔の理由わけを聞いた。

「母上はもう何もかんも食べられるわけじゃないから」

「……病?」

「いや、年取っただけ」

「そう」

「でももう母上はあと半年くらいか、きっと1年も生きられない」


 ユウナギは唖然とする。こんな小さな子が、親の余命いくばくを予想しているなんて。


「まだ分からないじゃない。そこのおじいさんだって、髪の毛全部白くなってもあんなに元気だし、あなたの母っていうくらいなら……」

「だってそう感じるんだ。爺さんは特別だよ」


 そこでユウナギは思い起こした。先ほど彼女は光輝く木の幹の後ろから出てきた。この子は国の女王となる巫女なのか。もし力を持つ巫女なら、未来を視ているのかもしれない。


 しかしここで唐突にそういう話をするのも憚られる。もっと彼女のことを知ってから、こちらのことも知ってもらってからだろう。

 ただ自分の何を知らせればいいのか。とある巫女の生まれ変わりを探しに違う世からやってきた、などと口にしたら、ただの怪しい大人である。


 どう切り出せばいいのやら、と考えていたら、向こうから話しかけてきた。

「お前、名前は?」


 気付けば名乗りを忘れていたが、それはともかくどうしてそんな口調なのか。不思議な力を持つ少女はみな、喋り方に特徴があるのだろうか。というところで思い出した。コツバメは前世の記憶があって、だからこそあのような口調だったのだ、きっと目の前のこの子も同じで、前世の誰かが男だったのだろうと。


「おい、聞いてんのか?」

「…………」

 ユウナギとしてはコツバメのそれは個性の範疇だが、この子に関してはどうにも腑に落ちない。もやもやして説教したくなる。しかしまだ出会って数刻もたっていない、赤の他人だ。


「うん、私はユウナギ。あなたは?」

 ここはきっと国ではなく、それに未来だろうと、本当の名を告げた。死期が迫っていると実感するからだろうか、できれば偽らない自分でいたいと感じたのだ。


「……俺は、ミィ」

「ミィ、なんでそんな喋り方なの?」

 赤の他人だが言ってしまった。


「なんで?」

「だってそれは、男の人の喋り方でしょう?」

「は? 女がこう喋っちゃいけないって誰が決めたんだよ?」


 せっかく顔は可愛いのに……と、ユウナギはとても残念な思いに沈んだ。ともかくこの子の頭の回転といい、やはり巫女なのだと予想がつく。そこで更に、まさか例の生まれ変わりであったりもする? と可能性に思い至った。ならどうにか探るべきだ。この幼いうちに自覚があるかどうかも期待薄だが。


「お前、歳いくつだ?」

 尋ねてくるということは、それなりに興味を持ってくれているらしい。そう感じユウナギは、そこに乗っかろうと決めた。


「たぶん17よ。あなたは?」

「8つだよ。俺はたぶんじゃないぜ。母上がちゃんと数えてくれてるからな。きょうだい全員の歳を」


 実際、平民の年齢なんて適当なものだ。意識の高い親なら1年たつ毎に数えていたりして知れるのだが。ユウナギの母親も、子が一人というのもあるが、数えておいてくれたらしい。


「そう、いいわね。きょうだいいっぱいいるの?」

「上に6人いる。俺がいちばん下なんだ」

「へぇ、賑やかで楽しそう!」

「まぁ賑やかだよ、いちばん上の兄上はもう3人子どもいるし、みんなで遊ぶんだ」

「え~~いいなぁ! みんな仲良しなんだろうね。きょうだい羨ましい」

 ユウナギは小さい頃からきょうだいというものに憧れがある。


「でも俺さ、兄上にはいつも、ずるいって思ってる」


 少女の顔が強張った。それを目にしてユウナギは、きょうだいとの関係で何か深刻な悩みがあるのかな、と心配になる。

「ずるい? どうして?」


 彼女は真剣な様子で話しだした。

「俺と兄上は17違う。ってことは、兄上は俺より17年長く、母上と一緒にいられるんだ」


 その文句に、目を丸くするユウナギ。


「でも兄君は、もう自分の妻や子がいるのでしょ?」

「だから?」

「母君と一緒にいないじゃない?」

「すぐそばに住んでるよ! 兄上はもう25で、でも母上は生きてるんだ! けど、俺が10の時……きっと母上はいない……」


 少女が泣きそうになっている。よもぎを採る手も止まっている。ユウナギはどうしよう何か言わなきゃと慌てた。


「えーっと、あのね、寂しいよねそれねっ」

 慰めながら頭の片隅で、気の利いた言葉はないものかと探してみた。


「あ、そう! そうだ」

「?」

「あなたは寂しくなってしまうのだけどね、母君にとっては、あなたがいちばんなのよ?」

「いちばん? なにが?」

「子は親にとって自分の命を繋ぐ希望だから。あなたがきょうだいの誰よりも長く生きている可能性があるでしょ、だっていちばん若いんだもん」


 彼女はちょっと意味わからない、といった顔。


「これからあなたは兄君より17年長く生きていられるんだよ」

「……兄上と俺の死ぬ歳が同じだとしたらな?」


「うん、それは17年長くこの世に留まれるってことなの。自分の生んだ命が長くこの世にいてくれるって最高の幸せ。だから、あなたがきょうだいの誰よりもいちばんの希望だよ、母君にとって」


 今度は少女が目を丸くした。


「ほんとか?」

「うん。自分がいなくなっても、代わりにもっと生きて、この世の景色をずっと見ていて欲しいって思う。だから長く一緒にはいられない、そういうふうになってるの。でも寂しくないよ、親に託された同じ命だもん」


「…………」

 相手は今自己紹介し合ったばかりの人間だが、そのまるきり嘘のなさそうな声を受け入れ、少女は頷いて言った。

「そう思うことにする」


 ユウナギの目に頬を染めた彼女が映った。初日の収穫としては、小さな巫女は母親のことが大好きだ、と分かったぐらいだが、最早とても愛おしい子どもに見えてきた。言葉遣いはまだ気になるけれど。


 子を持ったらこういった気持ちになるのか、いやこれよりもずっと、想像を超えるほどの溢れ返る幸せに包まれるのかと、ユウナギはよもぎを採りながらふんわり考えていた。



 少女が自宅へ帰るという頃、彼女はユウナギにこっそり頼む。

「しばらくここにいるなら、爺さん気にかけてやってくれ。この頃、身体もしっかりしてなくてさ」

「そうなの、分かったわ。でも、ならどうして集落の方で暮らさないんだろう」

「今の家が馴染んでんだろ」


 彼女はぶっきらぼうに言って駆けていった。ユウナギにとってはここで老人の手伝いをする他ないのだし、気にかけることは構わない。というかそれを建前にしてここに居座り、彼女の力について探らなくてはならないのだ。発現しているのか、そしてその力とはいかなるものか。


 ともかく彼女は国の後継者なのだろう。次を見出す目というのは、やはり「感」なのだ。身体の奥底から湧き上がる「感情」。

 会ったばかりなのに愛おしく思う。そばにいればいるほど、話せば話すほど、彼女を愛しく思うようになる予感がある。


 ユウナギは、先代女王も自分を見つけた頃そのような思いであったのだろうかと、ほかほかした空気に包まれ、借り屋に向かった。




 そこに着いていったん立ち止まった。すぐそばに、同じ大きさの家が2軒建っている。どっちかな、と入ってみたら片付けてあったので正解の方だ。老人には子どもがふたりいたのかと考えながら、炉で夜の支度を始めた。

 小さい家屋だが棚がいくつも用意されている。借りた衣服の替えや敷物などをしまっておけて快適だ。


 ユウナギはその夜ぐっすり寝て、朝起きたら着替えをその棚にあるかごに片付けた。その時、かごの隅に置かれる長方形の木箱が目に入った。


「何か入ってるのかな」

 妙に気になり開けてみる。そこにあったのは、柄端が輪になっている、小刀のような道具だった。


「青銅の小刀……? でも柄の尾が丸……輪になってて、使いにくそう」


 やはり気になるので、刃を葉でくるんで懐に忍ばせた。

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