第104話 思い出せ あのとき決めた あの数字

 ほろ酔いになってきた首領が説明する。樽を叩いて中にいるのを確認するのはいい。女も音を返すだろうから、それで判断してもいい。だが樽を壊したら失格。

「簡単な話だろう?」


 にやりとする首領を尻目にナツヒは、いちばん近くの樽を握りこぶしで軽く一度叩いた。すると中の人間が、括られた腕だか足だかで、ガン!ガン!と打ちながら「んーんー」と声を上げる。が、それは女の声だと分かる程度で、個性などは伝わってこない。周囲では男たちがどんどん酒に溺れ、うるさく騒ぎ始める。


 ナツヒはよく伝わるようにそれを、ダンダンダンダンダン! と叩いてみた。


「ん―ん―」

 返しはまたこの程度。


 次の樽も同じように叩いた。中からの反応はやはり同じ感じだ。


「分かるわけない」

「ここで冷静さを欠いたら、今まで奪還に失敗した人たちの二の舞いですよ」

 サダヨシの忠告がナツヒには多少癪に障ったようだが、3つ目の樽も同じように叩いてみた。


「ユウナギさんが入ってるのはどれですか?」

「さぁ?」


 その時ナツヒは首領の背後にある、窟の岩間に、木々や枝葉で覆われ隠されているような倉庫を見つけた。倉庫が、というよりその木戸が見えたのだ。


「あんなところに戸……」

「?」

「ほら、あれは木戸だろ。俺、目いいんだよ」

「ああ本当だ。それ目ざといっていうんじゃないですか?」

「お前、こいつらは愉快犯だって言ったよな」

「? はい」


 ナツヒは前進した。それを首領が意識し、重い腰を上げ立ちふさがる。

「そこどけ」

 ナツヒは面倒くささに苛立ったようだ。

「ああ?」

 もちろん山賊が言われるままにどくわけない。ナツヒは鉾を突き出した。となれば、立ちはだかる相手は応戦の構えだ。


 周りの男たちは冷やかし、下っ端が首領に斧を渡す。そこからふたりは打ち合いを始めたが、ナツヒはこれでも、大男が3人せえのでかかってこようとも返り討ちにできるようには鍛えてある。それほど時はかからず、余裕をもって後ろの大岩に相手を追い詰めた。


 周りの男らはガヤガヤとする。この酔っぱらいたちが子どもを人質にして押さえつけるかと言いだした頃、ナツヒは戸に向かって踏み込んだ。


 すぐにもその戸を蹴り破ろうかと思ったが、その前にまず壁を、ダンダンダンダンダン!! と、3つの樽にしたのと同様に叩いた。


 そして待つ。彼には長い時間に思えた。


 結局、何も応答はなく、彼は「ここじゃないのか」と背を向ける。


 すると向こうから、ダンダンダンダン!ダンダンダン!! と返ってきた。樽の時より音が強いので、こちらは足で蹴っているのだろう。


 ナツヒははっとして振り返った後、また大勢の方に顔を向けた。そして首領にこう言い放ちながら、

「俺の女はここだ。当てたからには約束通り、俺たちを無傷で返せよ!」

戸を全力で蹴り割った。


「…………!!」

 そこには猿ぐつわで口を封じられ、手足も括られたユウナギが蝦のように寝そべっていた。


「んん――――ん――ん――!!」

 彼女は、「急に戸板が降ってきたよ! 危ないよ! ひどいよ!」と言ったのだが、少しも伝わらなかった模様。急いで縄を解くナツヒに、痛む足を引きずりながら歩み寄ったサダヨシが聞く。

「なんで分かったんですか?」

「そりゃこんな思わせぶりな戸があったら、なんかあると普通思うだろ」

 それでは入れられているのが確実に彼女だと分かる理由にはならない、と彼は思ったが、安易に他者に漏らしてはいけない何かがあるのだろうと、それ以上は問わずにおいた。


「ナツヒ。待ってた」

「ん」


 何気に見つめ合うふたり、だが彼らの空気をよそに山の男たちが、3人を行かせまいと熱気を放って囲み込む。中には酔っぱらってふらふらしている者もいたりするが。


「さすがに大人しく返す気はないってことですかね」

 ユウナギはいまいち状況が分からず、おろおろするだけだ。

「夜明けまでまだあるな……」

 溜め息を漏らしたナツヒは彼らに向かって声を張り上げた。


「ここで俺らを力でねじ伏せようものなら、夜明けに下から来る邑男むらおとこの集団に、お前ら全員しょっぴかれるぞ」

「?」

 サダヨシは隣で怪訝な顔だ。

「ナツヒさん、邑の人たちなんて来ないでしょう……。今までに一度だって、対処しようとしたことがないんですから」


「いや、今お前の父親の先導で準備してる最中だ。夜明けに立つことになってる。特に、このあいだ大会で活躍した若い奴らが大張り切りで来るぞ」

 ナツヒはあえて大声で話す。


「えっ? なんで父が?」

「役人なんだから、それぐらいの権限あるだろ」

「役人だからこそ、あまり騒ぎにしたくないはずで……」

「実の息子が捕らわれてるってのに、及び腰な父親なんているわけない。まぁ確かに、大ごとにはしたくなさそうだったんだけどな。実はなによりお前の母親が大騒ぎしたんだよ」


 サダヨシは「母」という言葉に青ざめた。


「そりゃもうものすごい剣幕で、男集めに近所中走りまわってたぞ。夜明けを待たずして来るかもしれない」

「あああ、もう、きっと、ものすごく集められてしまいます……母はタコのような人なので……」

 8本の足で他人を絡め取って離さない、と言いたいらしい。


「そういうわけだ、役人の実子をさらったのは悪手だったな。ここで大人しく俺たちを帰せば、それも解散になるんだが」

 男たちはこれでかしらの指令でもないと下手に手出しできず、その場に立ち尽くした。


「おい、こいつら連れてきた奴どこだ! ちったあ選んでから連れて来いよ!」

 首領は無茶なことを言っているが、どうやら穏便に逃がしてもらえるようだ。ひとまずは安心する彼らであった。


 ナツヒがさぁ行くぞと、再度サダヨシを背負いだした時である。


「ねぇ! あなたたちも全員下山して、下の邑の人たちと仲良く暮らせばいいじゃない!」

 状況が分かっていないくせにユウナギが何か言いだした。


「……おい、早く下りるぞこんな山」

 今回も眉間に皺寄せるナツヒだ。


「だって、こんな誘拐事件起こしてないで、みんなで暮らせばいいのよ。わりと話の通じる人たちじゃない?」

「一応駆け引きした上で今やっと通じそうになったところなんだよ!」

 彼は「ああもうめんどくさい担いで帰りたい」と思うが、サダヨシもいるので、ふたりともはさすがに厳しい。


「娘よ……俺たちを拒んでいるのは下の奴らだぜ」

「え?」

「鬼だ何だ言って、長きにわたり閉ざしているのは下の連中だ」

 ユウナギは首領のその言葉に、これ以上何も言えなくなった。


「行くぞ」

 無事だっただけでもマシなのかと思い直し、彼女はナツヒに連れられそこを出た。

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