第103話 3分の1の確率で?
男たちはふたりの体格で女か子どもだと気付き、おそらく山上から逃げ出してきたやつだと話しだした。ふたりの持っている武器は小刀のみ。3人の男とやり合う術はない。サダヨシがどこか逃げ道は……と考え出した時、ユウナギは声を張り上げた。
「確かに私は上の方から逃げ出してきた女だけど」
サダヨシは急な彼女の発言に、腰を抜かしそうになる。
「私は大人しく捕まるから! でも、こっちは男子だから逃がして」
「ユウナギさん!?」
男たちはまたごそごそ話しだす。無茶を言うユウナギをサダヨシは止めたいが、混乱して言葉が出なかった。想定外の出来事に弱いのは、年齢ゆえの経験不足か。
「私はここで死なないから。その、襲われたら……すごく困るけど」
彼女はどこかで、絶対ナツヒが助けに来てくれると思っている。男たちは女が抵抗しないならそれで、といった様子。とにかく女を捕まえた組には褒美が出るようだ。
「早く逃げて。そしてお願い、ナツヒを私のところに連れてきて」
サダヨシにひそひそと耳打ちしたユウナギを、男のひとりがその場で担ぎ上げた。男たちは真夜中の山を平然と突き進もうとする。
「ま、待て……!」
男たちは振り向いた。小さな男子が、その辺りに折れて落ちた長い主枝を両手で握り、構えているのを目にする。
「彼女を離せ!!」
力の限り叫ぶ彼に、山の男に担がれるユウナギはひやりとする。歯向かわず逃げてと叫んでみたが、体勢のせいで大きく声が出ない。そこでひとりの男がユウナギを担ぐ者に先行けと指示し、彼女はそのまま連れていかれてしまった。
サダヨシは日々の訓練通り、木の棒を鉾に見立て突き出した。しかし敵はふたりいる。いくら振ってもひょいと避けられ、逆に捕まり押さえつけられてしまった。棒も取り上げられたが死に物狂いで反抗し、それによって更に固く地面に押し付けられる。そこから殴られ蹴られ、たちまち傷だらけになった。
しかし彼は諦めなかった。幾度蹴られようとも奮起し、彼女を返せと叫び続けた。
しばらくすると声が出なくなった。意識も遠のきそうだ。そろそろ行くかと、彼に乗っかった男が立ち上がった。それでも彼はその足を掴んだ。
「僕も連れてけ……」
片方の男は鬱陶しく思い、死なせても構わないといった勢いで殴り潰そうとした。
「っ……。!?」
サダヨシがそれでも目を見開き、落ちてくる拳を目に留めたその時、疾風のような影が飛び込んできたのだった。大きな輩の図体が飛び、地に倒れ──。
「うわぁっ」
仲間が吹き飛ばされ驚いた山男はたじろぐ。
「…………ナツヒさん……?」
「よく声を上げ続けたな。根性は認めてやる」
遠くに聞こえる彼の叫び声を頼りに、ナツヒはこの場に辿り着いた。残った山男が斧を振りかざしたが、ナツヒはいちばんの得物、鉾を持っているのでまったく敵ではなかった。
「こいつらの意識は辛うじて残しておいたが、案内させた方がいいか?」
足を蹴り続けられたことで、サダヨシは立つのも厳しい状態だ。ナツヒはサダヨシを背負っていくことにした。
「深手を負った奴らに案内させても遅くなるので、途中までは僕が案内します。でもその先は道を知らないので……。またこんな奴らがいれば聞き出せるかも……」
「そこまではどれほどだ?」
「あなたの足なら2刻ぐらいです。ううん、僕を負ぶってたらもっとかかってしまうか……」
「とりあえずそこまで行ってみるか」
山をずいぶん上り、もうすぐ捕えられていた辺りに着くという頃だった。
「あっ!」
「おおっ!?」
口車にあっさり乗せられた、例の見張り男だった。
「おいこのやろう! なんで逃げてるんだ!」
「まぁ見張りがいなくなれば普通逃げますよね」
ナツヒが背負われているサダヨシに振り返ったので、サダヨシは頷いた。ナツヒはいったん彼を降ろし、即座に見張り男をひっとらえた。
「とりあえず首領のところに連れていけ。さらわれた女はそこに行くんだろ?」
ナツヒの凄みに、見張り男はこれっぽっちも抵抗できず。これ以上殴られたくなければ案内せざるを得ない。男は後ろ手に捕えられ観念したか案外素直で、仲間の情報をそれなりに話してくれた。本当に祟りがあるのだろうか、ここは男しか生まれてこない地域らしい。山のふもとで女をさらっては男たちみなで共有し種を存続する、いわゆる婚姻形式は非常に前時代的だ。
「今頃さっきの女も早速、
「早く連れてけ」
見張り男はナツヒに蹴り飛ばされながら全力で走る羽目になった。
男に連れて行かれた先は、山林間の岩窟の砦だった。
そこでは10人以上が寄り合い、久しぶりに女が手に入ったゆえだろう、上機嫌で酒を飲み交わしている。その奥に首領はいた。それが頭だと周りの男たちの態度で分かる。
サダヨシを背から降ろしたナツヒはすぐにも岩陰から飛び出し、いかにも山の男といった風貌の厳つい首領に、勇んで呼びかけた。
「今夜連れてきた女を返せ」
酒宴が始まったところで腰を折られ、その男は不愉快になったかせせら笑う。しかしすぐに笑い止め、ナツヒにまぁ飲めと酒を出した。ナツヒは飲めないのでもちろん断るのだが。
乗り込んできたのはたったのふたり、圧倒的に不利のはずだが怯まない彼を見て、首領はなお、酒の肴に会話でも楽しもうと告げる。ともかくふたりを大勢の力で屈服させるつもりは“今は”ない、と彼は言いたいようだ。
「返してやらぬこともない。遊びをしようではないか」
「遊び?」
首領は手下に準備を始めさせた。
ここの者らは百年もこの愚行をもって血を繋いでいるが、争いになったことはないらしい。
「女たちを緊縛しているわけでもない」
彼女らはわざわざ逃げようともしないし、ふもとから取り返しに来る男たちを、暴力で追い返したりもしていない、と話す。
実のところナツヒはここに来る前、集落で話を聞いてきた。なぜこんなことを放っておいているのか。なぜ中央に通達して軍の対応を要求しないのか、それを元兵士の役人、つまりサダヨシの父親に聞いてみた。
その返事としては、隊の、人命救助の範疇でない、というようなことだった。ナツヒにしてみたら、分からないようで分かる。これは明確に犯罪としていないのだろう。被害者が訴える度胸もないのだから。
「俺らこの山に暮らす民のならわしでな、女を取り返しに来られたら、遊んでお帰りいただけとなっているんだ」
そんな話をしているうちに彼の手下が、屈葬に使う
「それぞれに、口と手足を縛られた女が入っている。お前の女はどれか、見事当てたら返してやろう。当てられなければ諦めて下山しろ」
「!?」
そんな下らないことで、連れ戻しに来た男たちは戦うこともせず帰っていったのか、とナツヒは無性に情けなく思う。
サダヨシは少しでも力になりたいと、足の痛みに耐え彼の元に寄った。
「まぁ言いがかりの布石なんだろうな。正解を外して反抗したら周りの男たちで殴りかかるということか」
「となればあれは罠でしょうが、でも僕は、彼らは本当に遊びに興じているような気もします」
「?」
「女が必要なのは確かですが、自分たちが負けるかもしれない緊張感も楽しい、といったような」
「じゃあ案外罠でもないのか?」
「愉快犯ですからね、どうでしょう?」
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