第102話 帰り道の進路相談
サダヨシは前向きな、少々勝気な顔をして、「おーい!」と声を上げた。すると洞穴の入口付近に座り込んでいた見張りの男が、なんだなんだと顔を出してくる。ユウナギは、確かにこの男、強そうでも鋭そうでもないな、と見た。
「見張りなんて退屈じゃないですか?」
「ああ、暇でどうしようもねえな」
「きっと他のみなさん、あなたに見張り押し付けて、向こうで酒飲んでますよ」
男はそんなこと分かってるという顔だ。
「あの。僕、この牢の扉を固く閉ざして開けられないようにする、ふしぎな道具を持ってるんです」
「ああ? 何言ってるんだおめぇ」
「それを使えばどうやっても僕たちは出られないから、あなたがここを離れても全然問題ないです」
「なぁに言ってんだか」
「使いたくないですか? その道具」
ちらりと彼を見た男は、少し興味を持ったよう。
「どこにそんなの持ってんだおめぇ」
「腰の下げ袋の中です。あなたに差し上げるので、ちょっとこの後ろ手、解いてくれませんか?」
「そんなこと言って逃げるつもりだろ、だめだだめだ」
「手が自由になったぐらいで彼女とふたり逃げられるんだとしたら、あなたの見張りなんて役立たずじゃないですか」
サダヨシの予想通り、男は馬鹿にされたと立腹する。ユウナギはそれを隣でハラハラして見ていた。
「まぁまぁ。このふしぎな道具、お
「そこまで言うんならまぁ、見てやらんこともない」
ユウナギは、この人ほんと単純だ、と口に出しそうになったが、確かに自分もふしぎな道具見たくなる、とも思う。そんなわけでサダヨシの後ろ手は解かれた。
「おい早く出せ! 道具!」
「ちょっと待ってくださいね」
言いながらサダヨシは袋に手を突っ込む。
「はい、どうぞ」
格子の隙間からそれを渡した。しかし当然使い方の分からない相手のために、隙間から腕を伸ばし、代わりにそれを嵌めてやった。
「おお、こいつはすげえ。扉がびくともしなくなったぞ!」
ユウナギもそれを見て「すごい……」とまた声が出そうになった。
「でもよう、これ外す時はどうやるんだ?」
サダヨシはまた袋から取り出す。
「それはこれを使います。これ以外では外せません」
この鍵の使い方は無知の者には複雑だ。相手に渡してもどうせ説明が理解されることはない。牢内からだと難しいが、これもやって見せた。
「おお! ふたつに割れた!」
「どうです? これ、欲しいですか?」
煽られたら欲しくなるに決まっている。再度かんぬきを本体に差してサダヨシは続けた。
「とりあえず僕たちを閉じ込めておいて、酒でも飲んできたらいかがですか。鍵を持っていって自慢してもいいですが、取り上げられたらもったいないので、最初はお頭に見せるのがいいと思います」
「ああそうするぜ」
男はサダヨシの手から鍵を取り上げ、行ってしまった。
「……単純な男で助かったわね」
「山賊集団の下っ端の心的傾向なんてこんなものです」
「でもどうやってここを出るの?」
「ツバメさん、鍵持ってるでしょう?」
「ああそうだった」
ユウナギの傾向もこんなものである。サダヨシは小刀でユウナギの手縄を解き、彼女の懐の鍵で扉を開けた。
「急ぎましょう」
「うん、でも……」
洞穴を出たらそこは夜の暗闇である。小屋みたいな建物がいくつかあるのだが、近くに灯りはまったくない。
「小屋から灯りも漏れていないし、山賊は今どこにいるんでしょうね?」
「見つからないように、慎重に行かないとね。でも、どこに逃げればいいの? 山道で迷子になっちゃいそう」
「それは大丈夫です。僕についてきてください」
ユウナギは驚いた。暗くて辺りはよく見えないし、すぐ木々の中に入り、ろくに道もない山間だ。そこをサダヨシは迷いなく前進する。ユウナギにできるのは、ただ彼に付いていくことだけだった。
「あっ……いたっ」
ユウナギが木の根に引っ掛かって転んだ。
「大丈夫ですか? 気を付けてください」
「灯りもなしで山の中を歩くなんて、それこそ山賊でもなきゃ……」
注意しながら徐々にだが、山を下っている。しかし彼女にはどこをどのくらい歩いてきたのか知る術もない、確信して進むサダヨシに任せっきりだ。
「もうすぐ2刻たちますね。でも連れてこられる時4刻かかっていたので、まだ半分です」
「あなた“時”が分かるの?」
「分からないんですか?」
ユウナギは返答に詰まった。彼女は太陽や月の位置で、またはせいぜい腹の虫で分かる大まかな時間しか測れない。日の入り日の出となんとなくの正午以外は、中央の誰かが持つ“漏刻”で必要なら測ってもらうのだ。
「時が分かるのもすごいけど、道も分かるのね? なんで?」
「自分の足で歩いた道なら、目隠しされていても、方角とその距離はすべて把握できますし、忘れようとしなければ忘れません」
ユウナギはそのようなことをあっさり話す彼に唖然とした。
「でも道が全然まっすぐじゃないじゃない。あっち向かったり、こっちに曲がったり」
「進みながら頭に地図が出来ていくので。今は頭の中のそれを見ながら戻るだけです」
そこは暗いが、サダヨシの表情に浮かび上がる余裕をユウナギは見取った。
「……あなたは、すごく度胸のある子だと思う」
「ええ??」
その言葉には彼も反論する。彼は勇んで武器を構えても、対戦相手と向き合うと目をつむってしまう自覚がある。自分でも度胸があるだなんて思えない。
「自信のあることには、すごく大胆になれるってことじゃないかしら。その自信の有無は、あなたも心の奥底で分かってるのよ」
「奥底で……?」
「兵士よりも向いてる仕事がありそう。もちろん、あなたの夢を否定するつもりはないわ。でも思うの、度胸って戦う武官に必要なものだけど、それだけじゃない。文官にだってきっと役立つ。あなたの才能をちゃんと生かせるところを、目指すのもいいんじゃない?」
「そうすれば、明るい未来が待ってますか?」
ユウナギは、彼に自分が予言師だと打ち明けたことを思い出した。
「うん、私が自信を持って勧めるよ。……本当は私だって、別に予言師になりたかったわけじゃないの」
「なら、何になりたかったんですか?」
「……妻」
サダヨシはその言葉を受け、顔が静止した。
「でも最近いろいろあって、少し感得したんだ。人にはそれぞれ神より与えられし役目があるんだって。役目の大きさに関わらず、神が造ったこの世を生かし続けるためには、この世に生まれたすべての人の力が必要だって。だからそれが何であっても、まず自分にできることを……ってね」
「……あなたは本当にふしぎな力のある人なんですね。素性を隠してこんな国の外れの
「素性?」
「だって、名前ですら……ツバメって本当の名ではないですよね。ナツヒさん、ナギって呼んでいたような」
「ああ――……」
なんと、ツバメと名乗りだしてから同行者のいる旅は初めてで、ナツヒに言っておくのを忘れていた。ナツヒも最初のうちはかんしゃくを起こしていたので、それに気付かなかったのである。
「うん……本当は、ユウナギって言うの私。結局この邑では、偽名は必要なかったんだけど、念のため……」
サダヨシは好奇心で聞きたい部分もあったが、なんとなく、根掘り葉掘り聞くのは止めておいた。
あと1刻下ればふもとだという頃、前方から足音がした。
「!?」
気付いたのが遅かった。
「ん? 何かいるぞ?」
「けものか?」
など言葉を交わすそれが、男3人だとサダヨシは見た。ユウナギも山賊の仲間だろうと悟った。
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