第101話 さらわれた姫(と王子)

 その午後のこと。作業中、土が雪崩れて下半身が埋もれてしまった者がいるらしく、その仲間が手伝いを呼びに来た。


「私も行こうか?」

 出向こうとしたナツヒにユウナギは聞いたが、狭い場だから大人の男だけでと邑人むらびとに言われ。

「すぐ戻るから、お前たちは必ずここで作業してろよ」

 

 実際ナツヒは詰めが甘いのだ。ユウナギがその場で大人しくしていたことなどない。



「私あっちで竹を調達してくるね」

 ユウナギはサダヨシに声を掛けた。

「はい。僕もここを終えたら行きますから」


 もう日暮れに近いが、山に入ったところでユウナギは竹を切り細かく砕いていた。


 そんな彼女に背後から忍び寄る大きな影が――。

 ユウナギは作業に没入していてその気配を悟れなかった。気付いたのは、それが背後の草を踏む音だった。振り向くのすら既に時遅く、側頭部を殴られ気を失った。


「ツバメさん!!」

 そこに走ってきたのはサダヨシ。この時の彼の視界には、ユウナギを殴った男がひとり。しかしすぐに木々の間から男がふたり合流した。

 サダヨシは持っていた斧を振り上げ、男たちに向かっていったがまったく歯が立たず、あっさり倒され捕まってしまった。すぐにも口と手を後ろで縛られ、助けも呼べず。足は空いているが、敵の機嫌を損ねてユウナギを傷付けられでもしたらと思うと、これ以上抵抗はできない。


「こっちは男だよなァ」

「男は要らねえよな。縛ったまま捨てとくか」

「いやちょっと待て。よく見てみろ」

 男のひとりがサダヨシの髪を掴み顔を見せる。

「なにこいつ……めごいな」

「だろ?」

 サダヨシも連れていくことになったようだ。

 3人の男のうちひとりがユウナギを担ぎ上げる。サダヨシは目も布で覆われ残りの男に引っ張られていった。




「んん……ん?」

「うー、うー」

 意識を取り戻したユウナギ。目、口、手首の自由を奪われもがくサダヨシを、下方から見上げる体勢でいた。

 そして自分も後ろ手に縛られている。目線を動かすと視界に縦の太い線が入る。その線の向こうには篝火かがりび。狭いここは穴牢なのだろう。扉が縄で結び付けてある。


「うー、うー」

 頭はまだぼんやりしているが、まずサダヨシを喋れるようにしないと、と思った。ひじに力を入れて起き上がる。そして後ろの手でなんとか、彼の目と口を縛る布をずり下げた。


「ツバメさん、大丈夫ですか?」

 ふたり、小声で話す。

「うん……。ちょっと気持ち悪い……でも教えて、今何が起きてるの……」

「鬼にさらわれました」

「鬼!?」

「静かに。……この洞穴の出口脇に見張りがいます」


 ユウナギはきょろきょろと見回した。そこは小さな洞穴で、目の前に木の棒が格子状にはめ込まれている。


「鬼も格子牢なんて使うの?」

「あー……ごめんなさい。鬼っていうのは通称のようなもので。本当は山賊なんです」

「え?」

「前、話しましたよね。むらの女をさらう鬼……実はこの山に住む、人の集団なんです」


 ユウナギは物の怪の類を想像していたので拍子抜けだ。


「でも厄介なんですよ。奴らは食料などを奪う賊ではなく、女だけを狙う誘拐犯……そういうわけで、鬼と呼ばれています」


 彼が大人たちから聞かされた話だ。昔からこの山に住む民は彼らだけで狩猟農耕をし、衣食に関しては不足なく暮らしている。しかしなぜか、ろくに女が生まれない。山の神の祟りとも言われている。したがって伝統的にふもとの邑から女を調達する。


「さらわれた女性たちが逃げ帰ってくるという話もないので、もしかしたら山の暮らしでうまくやっているのかもしれない」


 むらの娘がさらわれた家ではもちろん悲しみに暮れるが、そのことで邑の警備に就いている兵が出動するということもなかった。


「中には、食い扶持が減って喜ぶ家もあったとかで……」

「そんな……」

「山の上まで娘を取り返しに行った、ということもなくはないようです。すぐ近くですし。がしかし、絶対失敗してすごすごと下山するのだと聞きました」


「戦って負けて?」

「それがまたおかしな話ですが、力でねじ伏せることをする民族ではないようです」

「山賊なのに?」

「だから僕は遊び感覚の愉快犯だと思っています。子を生む女が欲しいのは確かでしょうけど」


 ユウナギは青くなった。つまり子を生むためにさらわれたということだ。


「僕たちを連れてきたのは3人。首領の待つ処までまだ結構あるみたいですが……」

 彼は連れてこられる間、賊の会話を聞いていた。他の仲間と合流するため、ここでいくらか待つと話していた。


「あなたを守れなくて、申し訳ないです……」

「私も油断し過ぎてたし、大人の男3人相手じゃ仕方ないよ。ナツヒだって……まぁナツヒなら3人はいけるかさすがに」

 だから後でまた文句言われそうだ、と思った。それも無事に帰れたらのことだが。


「あなたがさっき殴られた時、もし死んじゃってたらどうしようって……。僕のせいで……」

 彼のつぐむ唇は震えている。腕に自信はなくとも、彼は人を守りたいと真剣に思っているのだと、ユウナギは感じた。


「大丈夫。……内緒だけど、私、予言師なの」

「……えっ??」


「私はね、何があってもここで死なない。だって死に場所が決まってるの。自分の運命が視えているから」


 彼は目を白黒させる。


「じゃあ、どこで死ぬんですか……?」

「戦場よ」

「……戦なんて……起きませんよ……」

「そう思うよね。でもいつか起きるのよ。視えるんだもん。だからね」

 ユウナギはにっこり作り笑いをし、宣言する。


「ここは絶対無事に出られる。逃げられる。……でもそれが、どうやってかは分からない。ナツヒが助けに来てくれるのを待つ? それともふたりで考える?」


 この問いかけに、彼は緊張感に満ちた視線をまっすぐに投げかけた。


「ふたりでなんとかしましょう」



*


「この牢から脱出するには……」

 サダヨシは自分たちをここまで運んだ賊の会話をずっと聞いていたという。


「ここを出たところにいる見張りはひとり。3人の中の下っ端で、見張りを押し付けられたようです」

「ひとりならふたりで襲い掛かって……」

「でも出られなくては何も始まりませんし、一応相手は大人の男なので」

 それと会話を聞いた限り、どうにも賢そうな男ではないようだ。


「じゃあ、たらしこむとか?」

「いいですね、たらしこむ。ツバメさんの魅力でですね!」

 この子が言うとそんなつもりはないだろうが、嫌味になりえる。


「残念ながら、そういう意味のたらしこむは自信ないわ。なんかいい具合の口車を用意しましょ」

 ふたりは考え込む。賊が合流して人数が増えたら逃げ出すのは更に難しくなる。時間に余裕はなさそうだ。


「用意が何もないんですよね、僕たち」

「武器がないからね……」

「小刀くらいはありますよ、鍵を作ってたから。戦う武器にはなりませんが」

「あ、その小刀で私たちの手首を縛ってる縄、切れるじゃない!?」

「懐に入ってるから取り出せません……。まず手を使えるようにしないと」


 ユウナギはいったん口を閉ざした。


「じゃあ、やっぱり見張りの男を丸めこむしか」

「あ。僕、今、小刀だけじゃなくて、錠前と鍵を持ってるんでした!」

「うん? ここで使えるのそれ?」


 サダヨシはあごを膝に乗せて考えている。


「……口車に乗せてみましょう。ツバメさん、渡した鍵持ってます?」

「え? ええ、懐に入ってる」


 ユウナギも口車はわりと得意のはずだが、彼女より早くひらめいたようだ。

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