第96話 突然に中央ラブストーリー

 ナツヒが辺りを見回すと、隠すように置かれていた物が目に入った。それを手に取り、布を取っ払う。


 ここで見つけたのはやはり、この国に差し出した銅鏡だった。


「あの寝室にこれがあったと知るのは、そう何人なんにんもいないからな」

「…………」

 目線をどこぞへやっている彼女に、ナツヒは理由を聞いた。


「私も欲しいのです。私の生まれ故郷である国にも頂けたらと思います」

「国に献上するのはともかく、お前個人にやるものじゃねえよ」

「国に頂けたら、父から個人的にもらいます」

 ナツヒは脱力した。


「しかしどうして……」

「この鏡、私がいちばん美しい頃の姿が映るのです。だいぶ前の」

「そんなわけないだろう」


 彼女は鏡を覗いた。

「5年ほど前の私です」

 実に嬉しそうに微笑んで、鏡をうっとり眺める。そこにナツヒが割り込んだ。

「いや、俺もお前も今の姿だ」

「そんなことありません。あなた様は今のあなた様ですが、私は若い私です」

 彼女は冗談を言っているようではない。なんにせよ、この鏡を手放さない意志は伝わってくる。


「そこはほれ、“今がいちばん美しい”と言うてやればよいぞ」

 心の中で相変わらず例の彼女は世話を焼いてくるが、そんなこと言えるわけないとナツヒは反論した。

「ならば、おなごから鏡を無理に奪うか? 無体を働くか?」

 このように彼の弱いところを攻めてくる幽霊だった。


「あぁ、ホウセンカ……」

「はい」

「今がいちばん美しい、から鏡よこせ」

「……はい」


 ナツヒは受け取ろうとするが、彼女が手にぐっと力を入れ、すんなりと取らせてはもらえない。


「もうあと5回ほどおっしゃってください。“から”以降は省いて」

「…………」


 結局、無体を働いたようだ。




 それから3日たった頃、アオイが王の書状と贈呈品を持ってナツヒのところにやってきた。

「これでお帰りになれますね」

 結果報告として、どうやら彼女は王の二の妻に迎えられる運びとなったようだ。


「ふたりそろって歳を取らないことを、怪しく思われることになるが?」

「彼は、ならばふたりで遠くへ行こうと……。それほど先のことではないかもしれません」

「王が国を捨てると?」

「はい。今いる彼のお子に位を譲って、私たちはどこかで、飽くまでふたりで生きます。そして飽きたら共に死にます。今度は、海に身投げではなく」

 えらい覚悟だなとナツヒは思ったが、水をさすのもなんだし、口にはしなかった。


「それで、あなたにお礼をしたくて……あなたのおかげでこういったことになりましたし」

「いや俺、別に何もしてない」

「彼を焚き付けてくださいました」

 彼女の笑顔が非常に明るい。こんな朗らかな娘だったのか。


「ぜひともあなたに、不老の身体を授けて差し上げたいのですが」

 ナツヒは青い顔をして、全力で首を横に振る。

「もはや私の気分がそういったことに向かいませんので、もうひとつの、私だけがして差し上げられることをと」

「?」




「こちらです」

 彼女に案内されナツヒがやってきたのは、王宮からだいぶ離れたところにある、波の穏やかな入り江だった。


「ここには誰も辿り着けないと、人々の間では囁かれています。一度踏み入れたら生きては帰れないのだとか。しかし私は何度も生きて帰っています。天候が崩れることもありません。ここで思う存分、あれをお採りください」

「あれ?」

「大切な方に、贈りたいのでしょう?」

「……!」


 そこでナツヒは少々ためらいがちに尋ねる。

「それ、採ったら、繋げられるか?」

「ええ。そうしてお持ち帰られてはいかがでしょう」

「…………」


 ナツヒは思い切り飛び込んだ。その海を、めいっぱい泳いだ。遅ればせながら、自由な、休暇のような気分を満喫したのだった。




 数日後、ナツヒ一行は国へと帰って行った。帰途を共にしたシュイも当然のように中央に入った。


「え? ナツヒが帰ってきたの?」

 ユウナギがその報をトバリから聞いたのは、それから幾日か過ぎた日暮れ時。


「ええ。しかし明日は一族の集まりがあるので、顔を合わせる時間はないかと。明後日ですね」

「そう……」



 ユウナギは朝方変装し、一族が集まる堂の見える位置の、建物の陰に潜んでいた。そこからチラチラと覗いてはナツヒを探したが、結構な人数が集まっているので、彼を見つけたとしても姿を現すわけにいかず。どうせすぐさま自室に戻されてしまうだろう。どうしたものかと考えていたら。


「あれ? ユウナギ様?」

 後ろから声を掛けられ、びくっとした。振り返ると、そこにいたのはナツヒのいとこ、アオジだった。彼はさっと膝をついて言う。

「お久しぶりです。ご即位おめでとうございます。挨拶が遅れまして申し訳ございません」

「あ、いいえ。ね、そんなふうにしないで」

「しかし……。まぁ、女王がそうおっしゃるなら、誰もいないところでは以前のように」


 彼が相変わらずの人懐こい笑顔を見せたので、ユウナギはほっとした。

 ちょうどその頃、アオジの来た道から今度はナツヒがやってくる。彼はふたりを見つけ、とっさに、近くの建物の角に隠れた。なんで隠れたんだろう、と自分に問いかけながら、そこでひっそりしていると。


「あ、その水晶の首飾り、綺麗ですね」

 首元のそれをアオジに気付かれ、ユウナギは顔をほころばせた。

「これは、兄様に……」

 自然と声も高くなってしまうようだ。

「へぇ、いいですね。そういえばこのあいだ市がありましたっけね」

 ナツヒはそこまで聞き取って、通路を戻って行った。


「ところで、こんな物陰で一体何をされてるんですか?」

「んんと、ナツヒに会いたくて」

「ああ、外交から帰ってきたんですか。そうだ、俺、あいつが外交に出る直前に、久しぶりに顔を合わせたんですけど」

 彼は思い出したように話す。


「ずいぶん背が伸びていて、いつの間にか大人になったなって思いました」

「大人?」

「ほら、あの頃は背も俺とそんなに変わらないくらいだったのに。なんだか変わったなって。日焼けもしたのかな」

「そ、そうかな? ……私はよく分からないや、ずっと側にいたし」

「もういい年なんだから、あいつもいいかげん身を固めればいいのに」

「……やだ、アオジ、親戚のおじさんみたい」

「ああ、俺ももう子が生まれたので、気分はおじさんです」

 彼は落ち着いた笑顔を見せた。彼もやはり大人になったようだ。


「そうなの? おめでとう! あ、行かなくて大丈夫?」

「そうですね」

 女王に激励され、アオジは堂に向かった。またそこからナツヒを探し続けるユウナギ、胸によく分からないつかえが残る。


 結局、集会が始まった頃までそこにいたが、彼を見つけられなくて、裏から入ったのだろうかと思った。それ以上そこで待っていても、終わりの時も分からず、また後で探してみようと諦めて戻って行った。



 思い立ったら絶対行動のユウナギは、夕方からもナツヒを探し回る。そして日没寸前にようやく、中央片隅の川沿いで彼を見つけた。ちょうど彼はひとりで座っていて、なにやら黄昏れているような雰囲気だ。彼が暇そうなので安心し、話しかけようと走りかけたら、彼の元にシュイがやってくる。


 あれ? なんでシュイがここに? と訝しんだ彼女は、なんとなく出て行きづらくなり、近くの小屋の影に隠れた。何か話しているようだが、彼らの会話はよく聞こえない。


 シュイが立ち上がり、ナツヒから離れて行こうとした。すると彼は彼女を追って引き止めたようだ。ユウナギは彼がそこで、彼女に何か手渡したのを見た。

 そしてナツヒも向こうに行ってしまい、シュイは少し立ちぼうけていたが、それから、ややユウナギのいる方に向かって歩いてくる。

 ユウナギは更に奥へ隠れたが、顔だけ乗り出し、彼女の手をまた盗み見た。その手にあったのは、珠がいくつも連なった装飾品だった。


 ユウナギの頭の中で、なぜだか。


 朝方アオジの言っていた「あいつも身を固めれば」の言葉が、ぼんやりと浮かぶのだった。





୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧


第十一章、お読みくださいましてありがとうございました。


背丈についての会話が出ましたが、一応身長設定があって、

ユウナギ 156cm

ナツヒ 164cm(初登場時)→ 174cm(11章現在)

トバリ 178cm

といった感じです。


これ次章も「ユウナギは憂鬱に過ごしていた…」で始まるんでしょ?という雰囲気で終わってしまいましたが、本当に開幕それで始まります。

次章もお楽しみいただけますよう。(祈)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る