第十二章 適所
第97話 そこまで考えちゃいましたか。
ユウナギは翌日の昼下がりを憂鬱に過ごしていた。ナツヒがシュイに装飾品を渡す場面の
「う――ん……よく考えてみて?」
あのまったく女っ気のなかった彼が、女性に装飾品を……である。しかしそもそも、彼が18にもなって独り身でいるのはおかしいのだ。もしかしたら本当に想う対象が同性なのかもしれないと、何も口を出さずにいたくらいだ。
「あれ、これってもしかして、なんだやっぱり女が良いんじゃないの! って言いたいのかな私」
そうだ、それなら言ってくればいいではないか。そうしたら、この胸の内を巡るモヤモヤしたものは消え去るはず。
「よし、会いに行こう!」
彼女は「避けられているから全然会えていない」という事実を、遠く忘却の彼方に追いやっていた。
丞相館の門を堂々とくぐった。そこの侍女らの態度は、やはり王女の頃と比べ、各段と緊張が増している。
侍女の中でもいちばん古株の者が応対に出てきた。実際、女王はこんな安易に下の者と対面してはならない。丞相の立場はいったいどこへやら。
ところで、どうもナツヒはこの館を出たらしい。
「え??」
侍女の説明では、彼は外交の出立前、家屋の建設を配下に命じていた。そして最近、そこへ移ったのだと。
「どうして? ずっとここに住んでいたのに……」
「私共がその理由を知ることはございません」
「ナツヒの新居はどこ?」
女王に尋ねられたら答えるしかない。侍女は、兵舎近くの林の奥だとユウナギに話した。
そこを目指して走りながら、ユウナギはまた悶々としていた。
――――確かに兵舎近くの方が、仕事するにはいいだろうけど。その身分でなぜ中央の外れに? もしかして、奥方と一緒に暮らすから? 少しでも静かなところに、ふたりでいたくて?
これを見かけた周囲の者らは「女王だ」「女王が走ってる」とザワザワする。
────私の護衛はどうするの! もう女王だから必要ないってこと? 死ぬまで自室に籠ってればいいのだからって!?
ユウナギはじわじわ苛立ってきた。だから行き先を失念するのだ。
「ええっと、どっちだっけ、兵舎の方って。……!?」
いったん立ち止まった彼女は、
以降、抜け出そうにも見張りは厳しく、不発を繰り返した。しかし日を経ると、まずまず見張りの緊張感も薄れてくる。月の見えないある夜、侍女服をまとい、機を見計らって暗闇の中を抜け出した。幾日過ぎても重苦しい気分が晴れないのだから仕方ない。それどころか、自分が放っておかれていることを許せなくなってきた。
夜分で道がよく見えない林の中は、けものがいないと分かっていても恐ろしい。彼女は松明を用意する心の余裕すらなかった。
注意しながらゆっくりと奥へ進み、そこを抜けたら兵舎だという頃、手前の細い分かれ道に気付く。そちらへ曲がって行くと、ひっそりと建つ
「ここが、ナツヒの新居……??」
それは小さな、庶民のそれと変わらない質素な家屋のようだ。ユウナギは戸の前で声を掛けようとした。が、いったん留める。
――――ここに彼女がいたら? 彼女に家を守る者として……迎えられたら、挨拶すればいいの? こんな夜分に私がきたら、何か誤解されてしまうかも……。もしふたりでいたら? もし、もしも夫婦の、営みのさなかだったら……。
「私はどうすれば……」
胸の音が早鐘のように鳴り響く。その時、後ろから声が上がった。
「誰だ!?」
ユウナギはその声と松明の灯りに驚き、とっさに逃げようとした。しかしつまずいて転び、あっけなく取り押さえられる。
声の主は彼女に乗っかり、両頬を掴んで顔を粗暴に寄せた。
「……ユウナギ?」
「っ…………」
彼女は何か言いたかったのだが、緊張の度が過ぎて言葉にならない。声の主ナツヒは押さえていた手をさっと離し、彼女から降りた。
「なんで、ここに」
「…………」
顔を背けるユウナギ。
ナツヒは転んだ彼女をいつものように引き上げようとするのだが、彼女は拒むような態度だ。とりあえず彼は家の戸口の篝火に、松明の灯を移す。
「どうしたんだよ、こんな夜遅くに」
「……散歩してるだけだから」
「いや散歩って」
「今日は月がきれいだし……」
「月出てない」
彼としては、見つけてしまったからには女王を早く屋敷に帰さなくてはいけない。しかし彼女はいうことを聞かないし、なんだか様子がおかしい。
「こんなところにいたら風邪を引く。さあ早く……」
「どうして隠すの?」
「ん?」
「本当は祝いに来たの。新居に」
「うん?」
ナツヒは意味がよく分からない。新居は新居だが。この夜分に手ぶらで祝いとは。
「奥方と一緒なんでしょ? ここに」
「??」
「それってひとりに決めちゃうってこと? それとも次の妻ができるまではここでってこと?」
「何言ってるんだ?」
「だって妻のとこに通うのが普通なのに。一緒に住むなんてひとりの妻に決めた時だけで」
「だから何言ってるんだ」
「…………」
ユウナギ本人もよく分からなくなってきたので、いったん黙った。
「何を誤解してるのか知らないが、ここには俺しか住んでない」
「……なんで?」
「なんでって何が」
「奥方は?」
「そんなのいない」
「え?」
ユウナギはその短い返事を頭の中で嚙み砕こうとして、目玉が上にいっている。
「……そう……。いないの……」
その時ナツヒの目に入ってきたのは、なんだかものすごく、放心したような笑顔の彼女だった。
そんな顔を覗きこんで彼は聞く。
「……お前、どうしてここに来たんだ?」
「え?」
頭に血が上ってきたか、彼女の両腕をがしっと掴んで彼は叫ぶ。
「どうしてこんな夜に! ここに!? なんでそんな訳の分かんねえこと言ってんだよ!」
「いっ、痛い、ちょっと、力入れないで……」
ユウナギは彼の様子がいつもと違い、またも少し怖いと感じる。
「あっ……」
そこで例の風を感じた。さすがにこれにも慣れたが、この空気はすこぶる冷たくて震えてしまう。温もりが欲しくなる。
一方ナツヒは、また怖がらせてしまったと気付いて怯んだ。そんな彼の胸に、ユウナギは自然と飛び込んでいったのだった。
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