第95話 歴史は繰り返す?
あれから3日たったが、ナツヒがアオイに要請したことはまだ聞き入れられていない。
「気長にいくのじゃ。おぬしも下の者らと共に、海で遊んでおれば良かろう」
「色よい返事をもらえるかどうかも分からないのに、遊んでいられるか! まだ毎晩亡霊が襲ってくるし。お前俺の夢に出てくるだけで、あれを追い払ってくれたりしないのか」
「私は除霊師ではない! 私はこれでも国の元女王じゃぞ! まったく無礼な奴じゃ。せっかく此度この夢でユウナギの姿を見せてやろうと思うておったのに」
「夢??」
「ふふん。力のある巫女は夢で他者に景色を見せることもできるのじゃ。真に強大な力を持つ巫女のみが使える技じゃぞ。ユウナギには逆立ちしたってどだい無理じゃ」
実は彼女、現在霊魂なので力が鞘に収まっていない状態である。生者の頃よりよほど強力な存在なのだ。
「へえ……。いや、そんなことありえるのか?」
「なんじゃおぬし、信じとらぬな!?」
「だって俺、凡人だからそんなの信じられねえ」
「よし、ならば見せてやろう。額を合わせるぞ」
などと言いながら突進してくるその顔に、ナツヒはたじろいだ。
「照れずともよい。私はただの霊体じゃ。それ!」
「……ユウナギ?」
早速ナツヒの視界に彼女が映った。今、彼のみえる映像では、彼女は野外にいて、素肌の出ない衣服をまとっている。忍びでどこかに出かけているのだろうか。そして座り込んで何かをじっと眺めている。
「これが今現在のユウナギじゃ。どうやら何かの市におるのう」
ナツヒは黙ってしまったので、久しぶりにユウナギの顔を見て感激しているのだと、彼女は満足げだ。そこで夢の中のユウナギは何かを手にする。それを目を大きく開けて見つめ、彼女は微笑んだ。
「あれは、首飾り?」
「おお、そこは装飾品の市じゃな。手にしておるのは、水晶の首飾りかの」
次にユウナギは、顔を違う方に向けた。
「あ」
霊体の彼女は手を叩き、ばちっとその夢の像を止めた。ナツヒはそれで我に返った様子。
「こ、ここまでじゃ。おぬし、これで私の力を信じたじゃろう!」
「ああ……」
首飾りか……とぼんやり思ったナツヒは、それからも引き続きぼんやりしていた。そんな彼を横目に霊体の彼女は、女王がひとりで市に出ているわけもないか、と小さくつぶやいた。
その夜、ナツヒは亡霊に立ち向かう決意をした。ユウナギの像をみた影響かどうかは分からない。ただ確実に昨日より気持ちが大きくなっていた。とにかくもう決着をつけ、国に帰ろうという気持ちだ。
彼は自室ではなく、例の寝室で寝ずに待っていた。もう明け方近い頃であろうか。がたがたと周囲で音が鳴り、大きな陰が視界に映った。
「亡霊のおでましか。寝室を変えてもやってくるってことは、人違いじゃなかったんだな」
ナツヒは鉾を振るった。大きな陰を見ずに、まるで自分と体格の変わらない人間の男を相手にするように。
「そう。自身の方がより大きい、強い、と念じるのじゃ!」
「俺、気合で戦う術はちゃんと習ってないけどな」
しかしその機会さえあればと思っていた。
そのように自身の心を強く構えて戦っていたら、だんだん手応えを得るようになった。亡霊に核のようなものがあったのだ。それは得物を手にしている。慌てずに応ずれば、対等な打ち合いになる。結果感じた、この相手のクセは覚えがあると。やや神経質な手癖だ。
遠慮はいらない。彼は気合を叫び、相手が死なない程度に薙ぎ倒した。
「ただの人なら、俺の相手じゃねえな」
暗がりの中、敵を追い詰めた。追い詰められた人物の眼光だけが見える。
「カノジョヲ……カエセ……」
ナツヒにはそのように聞こえた。もちろん彼には何のことやら、心当たりもない。
ここで迷った。この敵は一応外交先の長であるので、これ以上の追撃は慎重にならざるを得ない。しかし亡霊に憑りつかれた者を放したまましておくのも。とりあえず意識を失わせておくか、と拳を振り上げた時、入口から声が上がった。
「やめてください!」
走り寄ってきたのはアオイだった。暗闇だが声で分かった。
「この方は何もしてません! 悪霊に憑りつかれた、哀れな身の上です!」
彼女は庇うようにその者の前で膝をつき、ナツヒを見上げる。
その時、光が差した。夜が明けたのだ。するとやはりただの人である、国の王の姿があらわになった。もはや先ほどの眼光はどこへやら、情けなく項垂れ、見る影もない。
「……どうして俺を? 俺が何かしましたか?」
「あなたはこの
「はぁ??」
「私は幾度申し入れても、受け入れてもらえなかったのに……」
ナツヒにはまったく意を得ない、きっと王は何か誤解をしているのだろう。
「
俺もある意味この
ともかく、その神やら何やらに愛された娘を求め、手に入れられぬ苦しみに焦がれる様は他人事にも思えず、毒気を抜かれてしまった。
その間にもアオイは王に、必死に食い下がる。
「どういうことですか? 私はあなたのためを思って……あなたを苦しめたくなくて……」
「確かに不老の身体になれば、以前の夫たちのように不幸な運命に見舞われるやもしれぬが、今ですら苦しんだ挙句、霊に取り込まれてしまっておるしのう」
ナツヒの中の彼女は好奇心ゆえか、いまだなかなか姦しい。
「良い機会じゃ。今ここで互いの思いを打ち明けるがよいぞ」
ナツヒは心の中で、いやふたりには聞こえないから、と彼女に言ったが、ふたりはついに打ち明け始めたようだ。彼女は肉体さえあれば、したり顔になっただろう。
「あなたはお気付きになっているでしょう。あなたに助けられた時から7年の月日が流れても、私はちっとも変わらない。これから何十年何百年たっても……。そしてあなたもそうなってしまう。どんなにあなたと添い遂げたく思っても、こんな私には無理です……」
「君と共に居られるなら、この身がどうなろうとも構わない。君の苦しみを私にも背負わせてくれ」
……などとついには思い通わすふたりに、ナツヒは、そういえばこの男は思われているのだから、その姿は自分ではなくむしろ兄の方なのだと思い直した。
その時、粗雑に戸を開け震え立つひとりの女性が、そこにいるすべての者の目に映った。
「やっぱり……あなたはその娘と……!」
夫の姿が見えぬと探しにきた妃だ。彼女は夫が身元の知れぬ少女を側に置いて特別に目を掛ける様子を、以前から案じていた模様。大きな足音を立てふたりの元に寄る。そこでなんと、そのとき目に入った、そばに転がり落ちていた例の鏡を包みのまま手に取り、掲げ上げたのだ。
「!」
もちろんそれは、アオイに向かって振り下ろされ――――。
「危ない!!」
王は隣の彼女を押し飛ばそうと、自身の身を乗り出す。
「!!」
鏡が彼の額を直撃した。
ナツヒは、怒り狂った女という非常に苦手な生きものを前にたじろいだせいか、間に合わなかった。慌てて彼の上半身を持ち上げる。
妃はその場で腰を抜かし、アオイも真っ青な顔で、声を出せずにいた。
ナツヒは急いで彼の頭を確認する。すると、そこにあるはずのものがない。それはつまり、“出血”だ。
「……??」
代わりにあるものは、なかなかに大きなたんこぶだった。
ナツヒもアオイもふしぎに思い、目線を、彼の頭に直撃した凶器にやった。その包みからはみ出していたものは。
「木板……?」
「どうして……」
そういうわけで、王はそのうちに無事、目が醒めたのだった。
この騒動にもそれなりの決着が着いた後。ナツヒはシュイの泊まる客室に出向いた。
「ナツヒ様、
彼女は嬉しそうだ。初めてのことなのだから。
「ホウセンカ……お前、俺に隠してることがあるだろう?」
じっと彼女の目を見るナツヒに。
「何のことでしょう?」
いつもと変わらぬすまし顔。舞台役者というものは、まったく食えないものである。
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