第87話 犯人たいてい語るに落ちる

 翌日、ユウナギは特設舞台の袖にいた。統率者候補の貢ぎ物として、裏手に用意されているのだ。この地の新たな統率者は、その貢ぎ物の質で選ばれるらしい。とんでもない話だが、ユウナギには既に口を挟む権利もない。

 この舞台は柵に囲まれていて、その向こうでは大衆が見物に集まっていた。審査をするのは、高く作られた壇の上に悠々と座する老人だろうか。すぐ後ろに控える大柄な警備兵数人に守られている。彼が大王おおきみに代理を任された補佐官なのだろう。


 しばらく待った後、ユウナギの臨時ご主人ミズアオの番が来た。彼は補佐官の面前で膝をつき、「ここいちばんの舞姫を、大王に献上いたします」と申し出た。その合図で貢物くもつユウナギは壇上に出る。観客はみな目を見張った。まこと美しく飾り立てられた、まるで天女のような娘が現れたのだから。


「なぜだ!!」

 そこに激しい怒りの声が割り込んできた。

「そいつは死んだはず!」

 ミズアオの妨害をしてくる豪族の男だった。


「それは偽物だ! あそこで優勝した女はもっと地味だったぞ! それをあれだと言って大王に差し出すなら、紛れもなく虚偽罪だ!」

 ユウナギも、無茶苦茶なこと言ってるなぁ……と呆れてしまう。死んだと理解しているなら、あの襲撃の黒幕だと自白してるようなものだ。


「彼女はあの時の舞い手だが。今から舞いを見れば分かるさ」

 ミズアオは余裕の笑みを浮かべる。


「お前は私の用意した贈り物を潰すにはご執心だったが、私の持つ、女性を美しく着飾る衣裳も道具も、眼中の外だったからな」

 妨害男は屈辱感で最早ぐうの音も出ない。


「さぁ三国一の舞姫を、みなみなさまにご覧に入れましょう!」

 彼の用意した楽師が、各々楽器を打ち鳴らす。ユウナギはたおやかに舞った。自らの演芸で人が安らぎを感じてくれたなら、まさに至福である。それは巫女でなく女王でもない、ただの自分にできることだ。

 人々は彼女こそ天から遣わされた舞姫だと感じた。この場でその美しさに目を奪われない者は皆無であろう。彼女が舞い終えた時、そこは大きな拍手喝采の渦であった。



 こうして大王代理の老官は4人すべての候補者から品を受け取り、「いずれの品も素晴らしい。大王もさぞお喜びじゃろう」と彼らを労った。しかしこの中で、上に立つひとりを決めなくてはならない。協議する相手もいないようだが、彼はなかなかの高齢、休憩を挟むとのことで、いったん後ろに下がった。その間、周りの兵らが甲斐甲斐しく彼を労わっているようだった。


 そして、発表の時。

 結果、統率者に選ばれたのは、元よりこの地域に暮らす役人だった。

「この柿のようではあるが、我のこの歳でも目にしたことのない作物は、実に誘惑的な赤い色をしておるし、美味である。大王は珍味にご興味をお持ちじゃからな」

「お褒め頂き光栄でございます」

「良きに励めよ」

 この一連の会話を聞きながら、ユウナギはあの家族の主人の話を思い出した。ふと目を観客の方に目をやると、やはりその主人が来ていて、大層喜んでいるように見える。

 あの作物が認められ、ユウナギも嬉しかった。これからの統率者が、元来国の住民であるということも。

 そして老官はユウナギらに言った。

「我は舞姫が欲しいと思ったのじゃが」

 彼は残念そうな声で続ける。

「今回は“物”を見計らうようにとの触れ込みであったからのう。娘を大王の処に連れて行っても、叱られてしまう。大王は民に対する横暴を許さぬお方じゃ。しかしいつの日か、そなたの舞いをご覧に入れたいのう」

 ユウナギは当たり障りなく頭を下げたが、大王に関しては全面的に遠慮したい。ともあれ、彼女を拾った豪族ミズアオは満足そうで、その後悲願であった告発もしていたようだ。



 その夜、館に戻ったユウナギは、告発も実を結んで上機嫌な彼から豪勢なもてなしを受けた。酒も振舞われ、ちょっとした宴となる。彼に「ずっとここにいて欲しい」と望まれたが、そういうわけにもいかない。


「私、たとえここにいると言ったとしても、いつの間にか姿を消してしまうと思うの」

「なんてことだ、君は本当に天女だったのか! なんて神秘的なんだ!」

 彼は十分に酔っていた。




 ユウナギも大して呑めない酒をずいぶんと飲まされてしまい、ふらふらしながら客室に戻った。踊り子の衣装を着たまま寝床に転がり込む。頭もずきずきと痛む中、明日からは森に潜んでいようと考えていた。


 その時、自分のところに向かってくる足音が、ぎしぎしと聞こえてきた。すぐに戸が開き、そこからうっすら人影が伸びる。こんな夜更けに女の寝所にやってくるとは何者だ、とユウナギは上半身を起こそうとするが、どうにも力が入らない。


「だ、誰……?」

 それが室内の篝火を焚いたので彼女は知った。この館の主、ミズアオだ。


「どうしたの? 何か?」

 そう尋ねたと同時に彼は、ユウナギの衣装を乱暴に掴み、それを破りだすのだった。


「何をするの!?」

「綺麗だよ……とても綺麗だ」

 近付いたことで表情が見えた。彼は薄気味悪い笑みを浮かべている。ユウナギは寒気が走り、一刻も早く逃げたかった。しかし身体がまともに動かない。

 更に彼は腰に差していた短刀を取り出し、彼女に切っ先を突きつける。


「綺麗に着飾った時を待っていたんだ……」

「まさか……まさかとは思うけど」

 ユウナギは思い出した。彼と対等な女性がこの館にはいないのに、煌びやかな女性用の衣装が何着もあったことを。


「あなたが女性を誘拐して……? もしかして、例の事件の犯人は……」

「そうだよ。私は綺麗綺麗にした土偶のような娘を、土偶のように割るのが好きなんだ」


 ユウナギは言葉の意味を理解できない。ただこの男の、薄笑いを浮かべすり寄る所作に、五体満足では帰してもらえないだろうことを予感した。


「あなたが女性たちを殺したの……? あなたは、統率者を目指していた人でしょう!?」

「そこの人民を好きにできるが故にみな、上に立ちたがるのだろう? ……さぁ少しずつ削いでいってあげよう」


「嫌っ!!」

「抵抗しようにも身動き取れないだろ!?」


 ユウナギはめいっぱい叫んだ。ナツヒ助けて、と。彼がここに来られないことは意識の外にあった。


 上から襲いかかってこられ、もうだめだと思ったその時だった。一瞬の嗚咽が聞こえ、彼女は固く閉じた目をぱっと開けた。すると、倒れ込む男の上に人物の大きな像が。ふと、横に倒れた男に目をやると。


「死んでる……?」

 背中に剣が刺さっている。同時に血の臭いも感じた。


「誰? ……あなた……」


 それは昨日まで共にいた男であった。


「油断し過ぎだぞ。なぁ舞姫」

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