第86話 今夜の私はグラマラス女戦士!
「ずっと倉庫に隠れていたのか?」
「少し、そこで働く人たちの手伝いをしたわ。勝手に頂いた物の分を返せたとは思わないけど」
「そうか」
彼がそばにいると、つい甘えたくなる自分がいる。ユウナギは、何でもいいから話をしていたくなった。
「明日の、統率者選出のためかしら。
「代理で済むなら、それでいいんじゃねえか」
「とても大事なことじゃない。一地域とはいえ、権限を持つ人を決めるのよ?」
「今は動乱の時だからな。上に立つ者はてんやわんやだ。なすべきことが多くあるなら、より重要なことを自身の手足で実行する。下にやらせて済むことは下にやらせておく、理にかなってるぞ」
彼はなかなか知った風な言い方をするが。
ユウナギはそれより、そこでやっと、ああ王というものは忙しいものなのか、と気付いた。国の女王は
「じゃあ大王は今どんな重要なことをしているのかしら?」
「なんでお前がそんなこと考えるんだよ。変な女だな」
「案外自分は王宮でふんぞり返っていて、ちっとも動いてなかったりして」
「それじゃうまいとこ取りできないだろ」
意外にも彼は、彼女の軽口に乗ってきた。
「うまいとこ取り?」
「たとえばさ、普段は下を使っていても、何かを成し遂げる瞬間や、築いた建設物の完成する瞬間は、自分の目に収めたいだろ? そこにいちばん乗りしたくないか?」
「したい!」
「したいよなぁ。いち早く乗り込むと、思わぬ拾い物をしたりするんだよ」
「拾い物?」
その辺りで四方山話も子ども相手に乗り過ぎたと気付いたか、彼は喋りの調子を落とした。
「まぁ王は案外、地道な仕事を人知れず繰り返してるかもしれないぜ」
「ええ? 派手なのか地味なのかどっちなのよ」
ユウナギは案外この男と話しているのが楽しかった。飄々として掴みどころのないところも、年長ならではの寛容さも気に入ったのだ。
「そろそろ外に出るか」
うなずいて彼女は彼に付いていく。夕暮れ時になり、注意深く見渡しながら、例の館に戻ることにした。人のいない場では建物の陰に隠れつつ進んでみたが、どうも追っ手の気配はない。
「てんで諦めそうにない奴らだったし、これはお前の目的地の前で待ち伏せしてやがるな」
「でもなんとか帰らないと……」
昨夜帰らなかったせいで、館の主ミズアオは心配しているだろう。約束したのに舞い手が消えて、落胆しているかもしれない。
館近くに着いた。そこで予想のとおり、ふたりは不穏な空気に包まれる。
「ずいぶん好戦的な気配があるな」
「やっぱり?」
「仕方ない。戦うか」
彼は立ち上がった。
「戦うって……」
「殺しはしない。こういう時期だからな、騒ぎになると面倒だ」
そう聞いてユウナギは多少安心した。
「敵が攻撃を仕掛けてきたら俺がやる。その間にお前は回り道して館の中に入れ」
この人はきっと強い、ユウナギにも分かる。手を貸すまでもないだろう。しかし任せきりというのも。
「いいか? 裏口が見つからなければ抜け穴を探すんだ。柵などどうにでも抜けられる」
ユウナギはしっかり目線を合わせ、うなずいた。
そしてふたりで館の門前に出た時、顔を布で覆った、ふたりの小柄な人間が姿を現す。
「とうとう出てきたな」
「飛び道具だけじゃないみたいね」
片方の敵の手に剣を見つけた彼は、ユウナギを押しのけるように前へ出た。そして彼も銅剣を取り出す。
「さぁ、行け」
「…………」
その場を彼に任せユウナギは、一度道を戻った。
ここで、男の指示通り館に入る方法を探すのが安牌のはずだが、ユウナギは意を決し、昨日訪れた一家の元へ走ってゆく。
「女王!?」
「……どうかなされたのですか?」
一家の者は再度の急な来訪に驚く。そこで息せき切ったユウナギが、挨拶もなしに頼むのだった。
「用意してもらいたいものがあるの! まず布をたくさん! 急ぎで!」
そしてなぜだか彼女は、異性の目も気にせず上衣を脱ぎだした。
ユウナギを逃がし男は、襲撃者と互いに命までは取らない意識でじりじりとやり合っていた。
1刻ほどたっただろうか、彼が、暗くなってきたしそろそろ片を付けるか、と考えた頃。
その目に突如、狙われている張本人ユウナギが飛び込んできた。せっかく逃がしたのに舞い戻ってきた彼女を二度見して、彼は唖然とする。
「!? お前、なんで戻ってきたんだ!」
「あなたばかりに任せておけないと思って」
「いやお前が来ても」
「さすがにもう疲れたでしょ! 1対2だし、近接武器と飛び道具使われてるし」
そこで彼は妙な気分になった。彼女の見目にどうにも違和感があるのだ。どの辺にかというと、たぶん胸のあたりだ。
「お前、1刻見ない間に女度が増したか?」
「私はいつも女度高いわよ!」
ユウナギはなぜか自信家になっていた。
しばらく彼女は飛び道具を持たない方の敵相手に
「ああもう、なんか鉾、いつもより振りづらいわ!」
などと叫びながら。
そして男は飛んでくる
その頃。彼が何かを踏んで滑り、隙を見せた一瞬だった。
「危ない!!」
鉄鏃が飛んでくる。ユウナギは盾になろうと、両腕を広げて彼の前に飛び込んだ。
「!!」
敵は飛び道具が彼女の胸を射たのをはっきりと見た。ユウナギの背後の彼からは、飛び散る彼女の赤黒い血が見えた。
ユウナギはその衝撃で彼の元に崩れ落ちる。彼は即、彼女を受け止め腕に抱いた。それを以て敵は任務遂行を確信し、足早に去ったのだった。
「おい! 目を開けろ!」
ユウナギの胸はどろどろに赤く染まっている。
彼は彼女の頬をはたくが、この出血量だ、目を開くことはないだろう。しかし再び違和感を覚える。
彼は鉄鏃が自身に飛んでくる瞬間を見ていた。それはあくまで腰を落とした自分の上半身を貫こうとしていた、なのに撃たれたのは彼女の胸。
そう、あの瞬間、弾道が不自然に反れたのだ。
ぱちっと彼女が目を開けたのはその時。
「!?」
彼はぎょっとおののいた。彼女の目が、あまりに大きく見開いている。
「ああぁ……怖かったぁ……」
胸を出血で真っ赤にしたユウナギは、彼の腕の中で復活した。
「ん? これは……」
彼は彼女の破れた衣服の胸元に、ぐいっと手を入れた。
「にゃあ!!」
「鉱物……」
胸元に例の鉱石の棒板が仕込まれていた。それに鉄鏃がくっついている。これのおかげで彼女は助かったと理解した。
「ならこの血は……?」
棒板が鉄鏃を弾いたとしたら、血が出てるのはおかしいだろう。しかも相当量だ。
「血の臭いなんてしねえな。なんなんだこれは?」
「真っ赤な悪魔の実をすりつぶした汁よ。美味なの」
「アクマ?? ……美味なのか。舐めていいか?」
そう舌ねぶりする彼の腕の中から即行逃げるユウナギであった。
ところで、彼女が戻ってきた時に彼の覚えた違和感の正体は、もうどこかに消え去っていた。
「普段から何か詰め込んでおいたらいいんじゃないか?」
「もう! これだから中年男って嫌!」
世の中年男性を一括りにするなである。
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