第85話 離れても、やっぱり引き合うエトセトラ

 ふたりは雑然とした倉庫内で、ひそやかに会話を交わしていた。

「どうしてお前が狙われているか、だが……。やっぱり女を狙うあれか」

「今私が狙われる理由は、あるとすればふたつ。その無差別の事件、あるいは」


 ユウナギはこの地の統率者を選ぶ催しに巻き込まれたことを話した。それが理由だと踏んでいることも。

「鉄のやじりが私を殺そうとしてなかった。殺すつもりなら頭か胸を狙うでしょう? あなたに庇われる直前、弾道を見たら、狙いが私の中心線から外れてた。たぶん足に当たるように……」


「ふうん。まったく下らねえな。しかしそんな下らないことに首突っ込むお前もお前だ」

「突っ込んだわけじゃ……」

「お前に何かあったら家族が心配するだろう」

「家族……いないわ」

 一方的に家族だと思っている人たちはいるけど、と彼女はこぼしそうになって止めた。空しくなるからだ。


「なんだ、夫だけでなく家族もいないのか」

「あなたは家族を置いて、ここに仕事で来てるの? きっと妻も子もたくさんいるんでしょう?」

「いや。俺もいないぞ、家族」


 ユウナギはそう聞いて、なんだか意外だ、と思った。この人は大家族で楽しく過ごしていそうな雰囲気なのに、と。

「ひとりも?」

「ああ。昔はたくさんいたんだけどな。数年前に最後のひとりを亡くして以来、家に帰れば独りだ」


「……それは寂しいわね」

「まぁな。だが長く連れ添った仲間はいる。仲間ならいくらでも作れる」

 妻だっていくらでも作れたはずだけど、と、やはりふしぎに思う。しかし、もしかしたらこの不遜な彼ですら、どうにもならない片恋の相手がいるのかもしれない、などと勝手な仲間意識が芽生えた。


「私にだって仲間はいるわよ。家族みたいなものよね。長く一緒にいればいるほど」

「そういえば、お前もなんだか初めて会った気がしないな。ずっと昔に……」

「ちょっと! そんなふうにいつも女を口説いてるんでしょ」

 ユウナギは寄ってきた彼の顔を押し出した。とはいえ、案外悪い気はしていないのだ。


「どうだ? 寂しい同士、慰め合うか」

「!?」

 彼がユウナギに触れる。どこをとは言わない。

「……っ、あっあわわわ」


 彼は噴き出してすぐに止めた。真っ暗で見えなくても、彼女の表情など丸分かりだ。からかうのは止めておこうと思ったはずだが、どうにも構いたくなるようで。


「~~~~~~」

 ユウナギは、意外と良い人なのかも、と思った自分を悔いた。


「ここにいる限りは見つからないだろう。朝まで寝ておけ。明日、敵を捲いて、その豪族の館まで帰る気力が必要だ」

「うん……」

 彼もとっとと寝るつもりのようだ。今はそれしかなかった。




 翌朝、先に目覚めたのはユウナギだった。隣でまだ眠っている彼の衣服の裾から、何か小さい板のようなものが転がり落ちているのを見つけた。


 手に取ってみると、それは鉱石のようだ。

「ちょっと重みあるし、この触感は……」


 色は鉄と変わらないが、それではない鉱物だ。ユウナギは詳しくないが、「これ、なんか見覚えある」と感じた。


「……あっ、方位針!」

 まだ彼が寝ているので頭の片隅で気遣い、小声を上げた。そう、これはあれの針と同じ色、質感だ。

 これを少し高く掲げて見上げたら、なんだかそれを持つ手が引き付けられる。それに反発せず任せてみると、板はくわの刃にくっついた。


「??」

 離そうとすれば離れる。しかしどうも謎の力で引き寄せられる。


「でもこの鍬だけ……? これは鉄?」

 周りの他の農具は木でできていた。そこで彼が目を覚ました。


「おはよう。ねぇ、これ、あなたの衣服から落ちたんだけど、何?」

 彼は寝ぼけまなこで答える。

「ん~~……。ああ、それ昨日もらったんだ」

「もらった?」

「俺のところには珍しい物が集まってくるからな。欲しけりゃやるよ」

 あくびをしながら言った。さほど大事なものでもないらしい。ユウナギは「ああ商人だからか」と、もらっておくことにした。


 しばらくしてようやく頭が冴えたらしい彼は、立ち上がりユウナギに告げる。

「それじゃあ俺が先に出て囮になるから、お前はしばらく潜んでいろ」

「……え? 一緒に行っちゃだめ?」

 ユウナギは、ナツヒだったら絶対俺から離れるなって言うのに、と考えてしまった。心細くなっている。彼に気を許したというのも大きい。


「一緒に行く利点がないだろう?」

「そうだけど……」

「囮になって、どこかへ逃げながら敵を捲く。お前はしばらくここで待ってから、日が高くなった頃に帰れ」


「……待ち合わせは?」

 その問いに彼はまた少しにやける。

「お前、また俺と会いたいのか?」

「こ、こんなふうに別れたら、むずむずするでしょう?」


「なら夕方までに、あの特設舞台があった周辺の民家か小屋で落ち合おう。入口に目印として布を巻くってことで。同時にやったら互いに待ちぼうけになるけどな」

「それでいいわ。ところで囮といっても、ひとりで出るんじゃ」

「ふたりでいるように偽装する」

 そこで小屋にある農具や折れ木、布類を使って、彼が人を負ぶっているように見せかけることにした。少々小さいが、素早く動いていたら誤魔化せるだろう。


「じゃあ行く。また会えたらいいな」

「え、ええ」


 彼は行ってしまった。やはりひとりでいると心細くなる。ユウナギはしばらくその倉庫で、早くナツヒのところへ帰れるようにと祈っていた。



 それから体感2刻ほど待った後、ユウナギは外に出た。人々が畑で作業を進めている。

 倉庫のものを勝手に拝借してしまった負い目もあり、そこで働く者に、自分はこの近所の新参者で親しくなりたいので、少しの間手伝わせてほしいと申し出た。彼らはユウナギの良い身なりを見て不思議に思ったが、手伝いたいというものを断る理由もなし、そこでの作業を説明した。


 しばらく手伝いに精を出していたら、そこの民から噂話が聞こえてきた。なにやら大王おおきみの重臣がこの地に入ったというのだ。ユウナギはその人物について尋ねてみたが、それを一般の民がよく知るわけもない。統率者を決める催しが明日あるから、その関係者かなと彼女は考えた。あまり為政者についての話をしたいとも思わなかった。ここはもう自分たちがいなくなった世なのだ。この地の民が変わらず暮らせているならそれでいい。



 作業の後、ユウナギは約束の場に向かった。例の特設会場周辺を、倉庫から拝借してきた布を頭から被り、こそこそと回っていた。


 その時さっと前を横切る、長く綺麗な髪の男が彼女の目に留まった。ユウナギはその後ろ姿を、見えなくなるまでただ見つめていた。通行人など普段は気に留めるものでもないが、なぜか気にかかった。多く白髪の混じる髪からとても若い者には見えなかったが、去りゆく足取りが颯爽としていて、目を引いたのである。


 そこでふっとユウナギは、戸口に布切れの結んである家屋を見つける。彼が待っているのだと期待して走り寄った。

 注意深く戸を開いてみたら、やはりそこに彼がいた。座り込んで休んでいる模様。


「うまく出てこれたようだな」

「おかげさまで……」

「ああ、だがさっきこの辺で奴らは待ち伏せていて、そこからまた俺を追ってきたんだ。まだ近くにいるかもしれねえな」


 ユウナギは不毛な出来事だと感じ、うつむいた。


「あと少し日が落ちたら出るか」

「ここに居座っていいの?」

「これは空き家だ。追い立てられることもない」


 促され、彼女もそこに腰を落ち着けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る