第84話 市街地で鬼ごっこ

 豪族ミズアオは言う。たとえ選ばれても、大王おおきみの物にならなくていい。自分は辞退するし、ただ告発したいだけだと。


「再度贈り物を用意するための費用ももう尽きた。しかし手ぶらで不正を言っても、負け惜しみと取られるだけだから。君の舞いという貨幣では手に入らないものを見せつけて、告発したいんだ」


 ユウナギとしては、役に立てるものなら協力したいのもやまやまだが。

「お願いだ! 君のことは必ず守るから!」

 確かに、民のことを考えていない人間がむらの主導者になるのも困る。

「……分かったわ。本当に舞うだけでいいのよね?」

 そう聞いた彼の表情は、喜びに安堵が入り混じった印象だ。

「もう立って歩けるかい? それなら、見せたいものがあるんだ」



 彼に案内され入室したのは衣類庫のようだった。その一角に、女性用の煌びやかな衣装が数多く掛けられている。


「すごい……」

「舞台では君が着たいものを着ていいよ。気持ちよく舞って欲しいから。飾りもたくさんあるから、好きなものを使って」

 国の女王ですら、これほどの衣裳は持っていないというのに。


「あ、これなんか素敵」

 ユウナギは一着手に取ってみた。

「それにしても、これは一体、誰の?」

 その時、彼の表情が曇った。それに気付きユウナギは、聞いてはいけないことだったかと、それ以上追及しないでおいた。ここに家族がいるならもう紹介してきているはずだし、何か事情があって今はここにいない家族の物なのだろう。



 その夜、ユウナギは良い客室を与えられた。ミズアオには出歩かないよう言われたが、やはりあの家族のところに行きたい。ここがいつであるのか、おおよその見当はついたが、ここに元より住む民はどうなったのか、移住者が多いようだが問題なく暮らせているのかを聞きたいのだ。

 夜が明け、この屋敷の周りも十分に確認し、順路は大丈夫だ。小走りで目当ての家族の元に向かった。



 その家屋に着き、庭にいる者に話しかけてみた。その女性は、あの時話しかけてきた少年の母親だった。彼女はユウナギの顔を見た途端、大変驚いて、お待ちくださいと家に入って行った。大慌てで家の主人も出てきて、彼らは膝をつき頭を下げる。

「あ、もうここの女王ではないので、楽にして」


 ユウナギは家内に通された。まず、彼らの中ではとっておきの食事でもてなされたのだが、家族みな恐縮しているのでユウナギも落ち着かない。これは死んだと思っていた人が現れて余計に神格化しているのでは、といった様相だ。


「あ、あの。私、戦で討たれたと民間で思われてるみたいだけど、実は、落ちのびて……でもまた遠くへ逃げなくてはいけないので、私が来た事は誰にも秘密にして欲しいの」

「仰せの通りに……」

 主人は女王の命が無事であったことに感激している。彼は40過ぎだと言っていたが、今もなお丈夫なようだ。


「あの赤い実はまだよく生ってる?」

「はい、ございます。以前お話しました、汁もできております。どうぞお召し上がりください」


 ユウナギは、赤い実を煮詰めて水気を飛ばし、塩を混ぜたという、どろどろの汁をもらった。

「わぁ、なんだかふしぎな味でふしぎな食感だけど、いいわ! 甘いような、すっぱいような……」


「以前女王にこの作物をお気に召していただけたことで、自信が湧きまして。あの後、この地の役人である方にこれを打ち明けたところ、なんと認めてもらえました。まだその方のみですが嬉しくなって、この汁もいつも作り過ぎてしまうのです」

「良かったわ、ひとりでも賛同者ができて。もっと増えるといいわね。さて、ご馳走さま。あ、そうだ。今って、あの戦からどれくらいたったか分かる?」


 主人はたぶん1年半ほどだと言った。半年前から急に移住者が入ってきたが、元からここに住む民が追いやられたなどということは起こっていないらしい。しかし住人が増えたせいか、例の、女性が狙われる事件なども起こるようになってしまった。


「そう……。教えてくれてありがとう」

 ユウナギはそう言い残し、家屋を出た。人気ひとけのあるところなら歩いていても大丈夫だろうと、その辺りを見て歩く。恐ろしい事件が起きている、自分にできることはないものか。


「ナツヒがいれば、何かできたかもしれないのに……」

 今必要なのは戦える力だろう。そういえばナツヒに短剣を隠し持っておくよう言われていたが、そんなのは結局無理だ。武器どころか衣服も身に着けず時空移動してしまったのだ。



 それにしても。そこはやはりユウナギだった。いつの間にか迷子で、人気のない路地裏にいた。もうすぐ日暮れ時だというのに。

「ああもう、ここはどこ!?」


 さらに機を見計らったように。

「!」

 間一髪避けたが、何か鋭い物が飛んできた。それを急いで拾ってみると。

「鉄の……やじり?」

 確実に自分を狙っていた。辺りを見回すが人の像が確認できない。嫌な予感がする。


 彼女は表道を目指し走って逃げることにした。



 迷い込んだそこは建物の密集地だった。中央でも、建物が立ち並ぶことで迷路のような通路になっていたりはしない。もうここは国ではないのだと実感する。


 不案内なユウナギは袋小路に追い詰められた。そしてまた何か飛んでくる。二方向からだ。恐れで足がすくんで動けなくなり、もう避けられないと悟った瞬間、目を閉じた。


「!!?」

 カン!カン!と金属音がしてぱっと目を開けたら、どこから現れたのか、目の前にいたのは。


「そこの穴から逃げろ!」

 昨日分かれた男だった。彼が、彼女に向かって飛んできた何かを銅剣で打ち払ったのだ。


 ふたりは抜け道のようなところから逃げ出した。そしてしばらく一目散に走り、建物がまばらに建つ農村に出た頃、日が落ちたので、彼の先導で近くの小屋に忍び込んだ。



「勝手に人のうちの物置に入っていいの?」

 こそこそと話す。

「ひとまず隠れた方がいいだろう? かなりしつこく追ってきてたぞ、お前を狙う奴ら」

「ひとまずというか、もう辺りは暗いし、朝まで出られないわね……」


 しかしせせこましい小屋だ。農具などが詰め置かれ、あまり余裕がない。ユウナギが座ったすぐ隣に、男も仕方なく腰を据えた。

「!」

「なんだ、意識してるのか?」

 彼はにやりとしたが真っ暗でユウナギには見えない。

「だ、だって……」

 こんな暗闇の密室でほぼ見知らぬ男とふたりきりだ。意識しないわけがない。


「わ、わたっ、私に何かしたら、し、舌噛んで死にます……」

 口調からありありとうかがえるほどに震えている。


「朝小屋開けたら死体が落ちてた、なんてそれこそ迷惑だぞ。というか、俺巻き込まれたんだが」

「た、助けてなんて言ってない! ……だけど、ありがとう、ほんとに助かった……」


 なんやかんや素直な彼女の言葉に、男も。

「まぁ通りすがりにほっとくわけにもいかなかったからな」

 あまりからかうのは止そう、と思ったようだ。

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