第83話 拾われた舞姫
大まかに
「ありがとう」
「今はこれぐらいしか持ってないんだ」
「十分よ」
その時、側で女性が数人、不安げな様子で立ち話をしていた。それに男が興味を持ったのか、首を伸ばして話しかけるのだった。
「ここらで何かあったのか?」
「ああ、外から来た人? 最近この辺では恐ろしいことが起こっていてねぇ……」
どうやら、若い娘が立て続けに殺されたり行方知れずになったり、という事件があったようだ。
「数日前、近所の
「…………」
ユウナギは恐ろしさで青ざめる。
そんな話を聞いていたら、向こうの方で明るい声が上がっていた。
「さぁ、もう他に舞い手はいないかい!?」
ふたり揃ってそこの人だかりへと振り向く。舞台のような大きな建設物の上で、男性が大勢に声を掛けている。それを綺麗な衣装の娘たちが囲んでいた。
ユウナギが駆け寄り集まっている人に聞いたところ、舞いの披露で競い合う催しをやっているようだ。
「いちばん優れた舞い手には、米俵を贈呈だよ!」
ユウナギは小声でつぶやく。いちばんとか2番ってどうやって決めるのよ、と。その時、隣の彼が高らかに声を上げた。
「おう! こいつが参戦するぜ!」
そう言いながらユウナギの手を掴み上げる。
「えっ!?」
「おお! じゃあお嬢さんが最後の舞い手だな! 上がっておいで」
「ちょ、ちょっと! 急に!」
「いいじゃねえか。参加料とられるわけでもなさそうだし。優勝すれば、米俵だぜ?」
ユウナギは二の句が継げなくなった。人だかりが彼女のために舞台への道を開ける。
仕方なく、一度息を吐いて前進した。男は自分に恥をかかせようとこういうことをするのだろうが、それなら受けて立とうと奮い立つ。
「楽師のみなさん、ちゃんと私の舞いに合わせてくださいね」
ユウナギは不遜にも、舞台横に座る笛や太鼓の楽師に人差し指を立てて言い放った。
そして腕をぐいっと伸ばし息を大きく吸って、堂々と舞い始めるのだった。
「天女直伝の舞いを、みんな見ていって!」
そこにワァっと歓声が起こる。それは地上じゃそうは見られない、天女さながらの美しい舞いだ。観客はひと時、春の暖かな空気に包まれた。
ユウナギが舞い終わり礼をすると、沸き上がる拍手喝采。この催しを先導する者も舌を巻き、はっとして叫ぶ。
「これは驚いた! これはもう決まりでいいかな!? この舞姫に米俵を!!」
そういったわけで、ユウナギの手に図らずも米俵が。芸は身を助けるのね、とまんざらでもなかった。
その後、ユウナギはにこにこしながら男にそれを渡した。
「まさかそこまで舞えるとはな」
「ふふ――ん。意地悪は通用しないわよ」
「意地悪じゃねえよ。まぁ壇上でおかしな舞いを見せられたら面白いとは思ったが」
「意地悪すぎるわ。じゃあ、これでこの衣服は買わせてもらうわね。世話になったわ、さよなら」
「あ、待てよ」
すたすた行こうとした彼女を男は引き止める。
「さっきの話忘れたのか? 女がひとりでうろつかない方がいい」
「でも……」
ユウナギはまず先ほど見つけた例の家族の家に、話を聞きにいこうと思っていた。
この男といたらいつどうなるか分からない。もし万が一あんなことどんなこと?になったら、元の世に帰れなくなるかもしれない。そもそも名も教えてくれない男だ。
「この
「え、ええ……??」
しかしユウナギはまずあの家族に会いに行って、話を聞いたらもう森に籠って帰るのを待ちたい。森に隠れていれば事件に巻き込まれることもないだろう。死の時期が分かっている自分はここで命を落とすこともない。元の世にも帰れる。しかしそれは彼と共に行動をしない、という道を選択したからであろう。
「いえ、私、ひとりでも大丈夫だから」
目線を合わせようともしない頑固な彼女に男も、それ以上は引き止める理由もなく。
「なら、この米俵、衣服より価値が高いからその差分だ」
男は持っている銅貨の袋をユウナギに渡した。
「これ……」
中には十分な銅貨。国の上層階で流通しているものだ。
「銅貨の使い方は分かるか?」
「……ええ。でも、これまだ使えるの?」
彼は彼女をふしぎな女だと感じた。
「そのうち使えなくなるが、今は大丈夫だ」
「そう……」
国が戦に破れてまだそれほど時間がたっていないのだと知る。彼に一度頭を下げ、ふらふらと離れていった。
ひとりで大丈夫、とは言ったものの、ユウナギは男について歩いていたので、早速道に迷ってしまった。狭いところに建物が多くあるもの問題だ。こちらの方へ行けばいつかは着くだろうと当てずっぽうで進み、結局
「っ!! ……」
後ろから頭を殴られた。ユウナギは倒れ、脳裏に「お嬢さんも気を付けなよ」との声が蘇った瞬間、意識を失った。
「ん……?」
目を開けたら、視界には天井が。そしてその視界にぬっと出てきたひとりの青年。ユウナギは驚きで息を飲んだ。
「気分はどうだい?」
「あれ……私は、いったい……あ、頭痛っ」
起き上がろうとした彼女は後ろ頭を押さえる。
「君は暴漢に襲われたんだよ。ちょうど通りがかった私の従者が撃退したんだ。もう少し早く私がそこに着いてさえいれば……」
品の良さそうなその青年が手を上げると、侍女らしき娘が碗の水を持ってきた。
「いえ、助けてくれて、ありがとう……」
「捕まえられれば良かったんだけど、従者は一人だったから……」
「いえ、ほんとに」
彼は指を立てて聞く。
「これ何本?」
「3本」
「自分の名は分かる?」
「ええ」
「じゃあ大丈夫かな」
ユウナギが少しその場を見回すと、大きく立派な家屋だと分かる。
「私はミズアオ。少し前この地区にやってきた地方豪族なんだ。君は?」
「私はツバメ。えっと、旅をしていて……」
「ああ、そうだ! そうではないかと思っていたんだけど、君はもしかして、あの催しで優勝した踊り子ではないかい?」
彼女がそうだと答えたら彼は、これは神の采配ではと喜びの声を上げた。ふしぎに思い、話を聞いてみることに。
東の地方から来た豪族である彼は言う。昨年より
「大王の支配……」
「ん? ……私は4人の統率者候補のひとりだ。だから三月前からこの地域に入り準備をしている。だけれど……」
同じく東から来た豪族が、彼を目の敵にしているようだ。
「明日にも、大王代理の補佐官がこの邑にやってくる。観衆の前で候補者は贈り物を献上し、大王の意向を汲んだその代理の方がそれを決めるんだ」
「贈り物の内容で?」
彼は頷く。
「なのにここに来てからというもの、その男は私が準備した贈り物をことごとく粉砕してくる。元々領地が隣同士でね、以前から隙あらば土地も資源も狙ってくるとんでもない奴だった」
「粉砕? ど、土偶?」
「土偶??」
「い、いえ。告発しないの?」
「今言っても、証拠がなければこちらが妨害しているように取られてしまう。奴は狡猾でね……。地域を良くしようなんてこれっぽっちも思っていない、私欲にまみれた奴なんだ」
そしてなぜ自分と会えたことが神の采配なのか、ユウナギは聞きたい。
「それで君にお願いなのだけど……私の贈り物として、そこで舞いを披露して欲しいんだ」
「えっ、ええ――!?」
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