第79話 ユウナギの機転 (※嘘だらけ

 武人に姿を見せたユウナギは、怖気づくことなく彼に言い放った。

「私はこの国の“王女”よ」

「なに?」

「遊山中の、通りすがりの“王女”なの」

 彼は訝しんだ。この王女を名乗る娘は、邪魔者なのかどうなのか。


「あなたは我が国のまつりごとには詳しくないようだから、教えて差し上げるわ。王女は国にとって女王の次に大事な人間なの。次の女王という意味では、女王よりも重要かもしれない。もちろん替えは効かない」

 武人は困惑しているが、それはヒカリもだ。しかし彼はさとい、彼女に任せればうまく切り抜けられるとすぐに見抜いた。


「あなたのあるじとは、あの美女でしょう? 国の三大美女に入るかもしれないわね。えーっと、彼女と、御母様と、……まぁあとひとりは適当に」

「……どうしてそれが分かった……その……我が主が、美しい方だと」

 武人は骨ばった顔をぽっと赤らめ聞いた。


「だからぁ―、王女はすべてお見通しなのです、神の声が聴こえるので」

 侍女の噂話でも知り得ることができそうだ、と思いながらの発言だ。


「今すぐ引きなさい。私ね、実はね。もし私に、またはこの者らに危害が加えられるようなことがあれば、首謀者であるヒメを処刑せよ、と書いた文書を、供の者に持たせ放ちました」

「何だと!!?」

 ユウナギはにやりとした。


「王女の忍びに供を連れていないわけないでしょう? 私、この山に詩を詠みに来たのだもの。筆も墨も硯ももちろん持参していたので、もうぱぱっと書いてぱぱっと行かせました~。もし私たちが怪我の一つでもしたら、ヒメは、しょ、け、い。からの~~魚の餌」

 次は首に平手を当てて煽った。一度やってみたかったらしい。


「くっ……しかし、そんなもの誰にでも言える。お前が本当に王女だなんて誰が信じられる? こんなところに王女だと? だたの、この男の情人ではないのか!」

「王女をかたったら十分に不敬罪ですけどね……。でも王女だって証明しろと? それ、“物の怪の証明”って言うのよ」

 説明すると、「私は物の怪です」と言っても誰も本当の物の怪を知らないのだから証明しようがない、というものだ。しかしユウナギは、「まぁそう言われるんだろうなぁ」と分かっていた。


「なら見せてあげるわ」

 そう言って、髪の結び目に括りつけていた紙を取って広げる。

「じゃ――ん!! 女王直筆、王女の証明書~~!」

 男は足早に近付き、それをユウナギから取り上げた。


「ここの育ちでも、祖国の文字だもの、読めるわよね? 恋文も書いてるもんね? あ、これ偽造ではないわよ? そんなもの造って持ち歩いていたら、すぐに首が飛ぶわ」

「確かに……この紙も最高品質……この気迫と矜持きょうじと慈愛に満ち溢れた、快活で大様おおような筆跡! 器の大きさがうかがい知れるぞ……」


 ヒカリは終始不思議そうな顔をしていたが、ユウナギは安心した。文書には王女女王両名の名が書かれているが、この者は政には興味ないと言っているぐらいだし、それも無関心なのだろう。それでも権力の強さはよく知っているようだ。


「分かった、ここは引こう……。帰宅まで怪我一つされぬよう」


 男は去っていった。ユウナギの大事な母の形見、直筆の文書を握りしめたままで。





 帰り道。いまだ気絶しているホタルを馬に乗せ、ふたりはゆっくり歩いて山を下っている。

「結局、花は摘めなかったわね、蛇が復活してて」

「無事に帰ることができるならいいです。そのうち隊が帰ってきたら任せます」

 ヒカリはとりあえず一安心といった顔。


「……弟は本当に根気強く、地道な努力を積み重ねられる男でして」

「……よく知ってる」

「いつも頭の下がる思いでした。まったく伝えられていなかったわけですが。私は今日、ホタルの心が聞けて良かった。また一層力を合わせてやっていきます。これからは彼を見習い、真摯に励もうと」

 それを聞いてユウナギも一安心だ。


「いいな、兄弟って。ずっと助け合って、まぁ身も心も忙しすぎる彼を、広い心で支えてあげて。……あっ」

「何か?」

 ユウナギは歩みを止めて言う。


「私、もう帰らなきゃいけないみたい」

「帰る?」

「私がいいって言うまで目をつむってて」

「? はい」

 彼は目を閉じたまま立ち尽くした。しかし、しばらくたっても何も言われないので、彼はとうとう目を開けた。が、そこにはもう誰もいない。


「やはり、女神だったのかな……」






 ユウナギは戻ってきた。


 ここは室内のようだ。見える景色は縦が横になっているので、自分は今横向きに寝そべっているのだ、と彼女は知る。疲れで身体が動かない。このまま惰眠をむさぼるのもいい。ぼんやりした頭の片隅で、ただ、思いを巡らせる。


――――せっかくならもう少し、赤子の兄様を抱かせてもらえば良かった。あのふにふにした可愛い子を抱きしめて、頬ずりして着替えさせて連れ去って……あ、違う違う、最後のなし。そう、こんなふうに添い寝して、このように添い乳とやらを……。


と、ユウナギは無い胸を“隣の赤子”にぐいぐいと押し付けた。そして感付いた。隣の赤子が思うよりよほど大きいことに。


「……?」

 寝そべっている自分の胸元を見たら、そこには大きな頭。


「やっ、きゃああ! 生首!?」

 飛び起き座ったまま後退してやっと全体像が見えた。胸元に寄せた生首は普通に首から下も存在していて、それはあの小さな赤子が22年の時を経た姿なのだと。


 そして睡眠中に無理やり顔を胸に押し付けられ起こされた、彼の言いたいことはこれである。

「ユウナギ様、どうして私の寝床に?」


「……神の導きです!!」



 神隠しにあってから一晩が過ぎていたようだ。朝の支度をした彼に早速聞きたいことがあったが、その前にユウナギも衣服を女王のものに替えてから、と言われた。


 その着替えも終わった頃。

「兄様、丞相じょうしょうには兄君がいるのでしょう?」

 トバリは彼女の問いに少し驚いたが、衣服が替わっていたのもつまり、時空の旅に出ていたのかと知るのだった。


「そうですね、私に面識はありませんが。先代丞相と同時期に、お隠れになったと聞いています」

「お隠れ……」

 やはり彼はもう、いなかった。


「ん、ちょっと待って、先代と同時期!?」

「同じ流行り病に罹られて、とのことです」

「!? ……そうなの……」

 彼は続ける。そういったわけで現在の丞相は今の地位に就いたと。


「私は子どもの頃から感じていました。どうも父は、この丞相という地位に妙な頓着とんちゃくがある。逆にまったく執着がないようにも見える。彼はもしや、自身はその地位にいるべき者ではないと考えているのではと。なので、私はそれを利用しました」

「利用?」

「私は己の子をもうけないと決めた時、その伯父にあたる方の血を継ぐ子らを養子とし、将来の丞相として育てることを申し出たのです。その方には3人の娘がおり、それぞれが男児を生んでいましたので」

 ユウナギは思い出した。彼の養子セキレイは、確かにあの人の面影がある。


「この役職について、国のため身骨を砕く者なら誰であろうとも、と父が考えていたのは疑いようもありませんが、血に関してはそう容易く割り切れるものでもない。しかし私の申し出を聞いた時、彼はどこか安堵したようにも見えました」


「だから受け入れたのね……男性にしてみれば、己の血で継がせることは天命のようなものなのに。……でも兄様の申し出は、彼をだいぶ救いあげたのだと思うわ!」

「それは神の言葉ですか?」

「そうよ、いろいろ視てきたんだもん私!」

 トバリは嬉しそうな顔をする。そういった顔が、やはり父親とよく似ている。


「さて。兄様こそどうして子をもうけないと決めたのか聞きたいところだけど、また今度にする。今すぐ行かなきゃいけない処があるから。教えて欲しいのだけど……」




 ユウナギはトバリに聞いた、アヅミ母の現在の居所に走った。それは丞相の館を出て少し行った、あの時の家屋だった。


 辿り着いた彼女は、そこの戸を前回と同じように、豪快に開ける。


「……ヒメ?」

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