第78話 歳の近いきょうだいあるある

 ホタルは悲痛な面持ちで不平をこぼし始める。

「そうなんだ、兄上は神に愛された資質の持ち主で、努力などしなくてもすべてをそつなく完璧にこなし、人望を集めるのだ。その陰で割を食うのはいつも私」

「何を言っているんだ……?」


「あなたは何も意図せずその要領の良さで私の努力を蹴散らし、人々の信頼を勝ち取り、得意満面に生きていく。父上からも認められていて……。だから私はここであの花を摘み、己の手で父上を救いたい。そうしたら彼はあなたでなく、私を後継に選ぶかもしれない」


 岩陰からユウナギは、集中して彼らの話を聞き取ろうとしている。


「お前は丞相じょうしょうの役に就きたいのか? 我らは託宣により、手を取りふたり力を合わせ、国をまとめていくとされた。しかし、お前がそこに就くというなら、私はいくらでも……」

「違う! そうではない! 丞相の地位に就きたいのではないのだ。丞相なんて、実はまつりごとへの意向の反映など少なく、その割に責任ばかりが重く、報酬だって労力に見合うほどでなく、むら役場の高官の方がよほど左団扇で暮らしているではないか! みな分かっていて押し付けているのだ、結局そんな地位もの、我がままな女王の子守役だって!!」


 ユウナギは白目を剝いた。「え~~!? 実は歴代丞相って“我がまま娘のお守りとか勘弁してくれよ~~”なんて思いながら女王に仕えてたんだ!?」と大声で叫びたかった。


「そこまで言っていてもその丞相になりたいのか」

「あなたを差し置いてその地位に就いた、という実績が欲しいのだ」


 そこでヒカリは怒りをあらわにする。

「そんな実績が何になるというのだ!!」

「あなたには分からない! 分かるわけないんだ! 人に褒められ認められ、求められるのが極々当たり前のあなたに」


 そう聞いて今度は溜め息をついた。

「分かっていないのはお前だ。正直に言おう。私はお前になりたい」

「何を!? 私なんかになったらあなたの人生はつるべ落としだ。何を好き好んでこんな、真面目さだけが取り柄の地味な男に……」


「なら派手な男とは何だ? すべてを手に入れた男か? 男の求めて止まないものは何だと思う? 地位?財産? それらに関して今我々は同程度だ。それなら次に求めるものは?」

 ユウナギは「なんだろう?」と首を傾げた。


「女だ!!」

 出題者からすぐに答えが聞けたユウナギ、ああそうですか、としか感想がない。


「それであれば、お前の方が格上の男だ。お前は私の愛して止まないふたりの女性の愛を、一身に浴びたのだから」

「ふたり?」

 ホタルは不審げな顔をする。


「すなわち、ユキと母上だ!!」

「えぇ~~~~??」

 響いたのはユウナギの叫びだが、男ふたりは真剣なので気にしなかった。


「母上はいつも、我らきょうだいの中でお前をとりわけ気にかけていた。やはり不器用な子の方が可愛いらしい。まぁそれは分からぬでもない。しかし私は何より、ユキだけは手に入れたかった……」

「えっ? 兄上はユキを好ましく思っていたのですか? そのようなそぶりはまったく……」

「その心に気付いた頃には、お前たちはもう出来上がっていたのだ! そう、お前たちは5つの時点で既に思い合っていた。それは時を経ても変わることなく……」


 ユウナギは苦虫を噛み潰したような顔になった。あ~~5歳で頬に口づけてた派の人たちだ……と。


「兄上も3人の美しい妻をお持ちではないですか……」

「もちろんそれぞれに美しくできた妻らだ、大事に思う。しかし私は齢7つで既に諦めなくてはならなかったのだぞ。初めて愛した女性を目の前で持っていかれ、それを生涯忘れ得ぬ運命に甘んずると……」


 彼は項垂れた。その姿すらも美しい。ユウナギは「兄弟共に思い込み激しくて、熱い」と感心する。まぁ何をか言わんや、兄弟喧嘩は犬も食わない。


 ホタルはこのような兄の思いを露にも知らず、言葉を失くした。


「人望や羨望などいくらあっても、愛する人を得られないのなら意味がないのだ。それとも丞相の地位を譲れば、代わりにユキを譲ってくれるのか?」

「! 兄上はまだユキのことを……。なりません! ユキだけは渡しません! それならば私は自力で丞相の地位を得て、彼女を死守します!」


 妻を奪われるのではないかと冷静さを失った彼は、兄の持つほこを取り上げ、大蛇の面前に咲く花を摘みに向かった。

「待てっ!」

 ヒカリも急いで追い、大蛇の面前で弟の腕を掴み引こうとする。


 そうして兄弟で取っ組み合いを始めるのだが、どうやら大蛇はそれをうっとうしく思った模様。その首を大きく振り回した。

「危ない!!」

「兄上!!」

 その時、身を振り回した大蛇の鱗から、大量の粉が飛び散った。それをヒカリがホタルの前に立ちはだかり、すべて受けたのだった。


「兄上!? 大丈夫ですか!?」

「粉を被っただけだ、大事ない」

「なぜ私を庇うのですか、私はあなたの恋敵なのに」

「敵ではない。可愛い弟だ、大事な家族だ。そのつもりがなくとも身体が動く、当然だろう」

「兄上……」

 ところでユウナギは、蛇が怖くていまだ岩陰から出ていけない。蛇は続けて威嚇している、卵を狙われていると思ったのだから言わずもがなだ。


 蛇の威嚇を前にしても冷静なヒカリは、弟を根気よくなだめる。

「誰よりも私がお前を認めている、お前の努力も。だからその空回りな頑張りは無用だ。中央へ帰ろう」




「いや、まだ帰らなくても良い」


 その時、洞窟の入口に立つ大きな体躯の男の輪郭が、ふたりの瞳に映った。ユウナギも何事かと顔を出す。


「そこをどけ。助太刀する」

 ユウナギは見た。いかにもな武人様の見目の男が、大きな鉾を振りかざし構えだす。兄弟は何が何やらだが、その男の気迫に押され両脇に寄った。すると男は「はああああっ!!!」の気合と共に鉾を突き出し、ユウナギには本当に打ち込んだかどうかも目に止まらなかったが、その打撃により大蛇の首は振動のような音を出し、その場に横たわった。


「殺してはいない。無闇な殺生は好まぬ」

 男はホタルに言う。

「即刻、花を摘まれよ」

 しかしホタルにはさっぱり見当のつかぬことで、どうにも行動に移せない。そして間髪を入れず男は、なんとその鉾先をヒカリに向けたのだった。


「!?」

「恨みはないが、あるじの依頼だ。お前を不能にする」

「……何だと?」

 ユウナギも目を丸くした。急展開だ。正体不明の、だが強い男、が彼らを助けてくれたと思いきや、今度はヒカリの敵として立ちはだかるのだから。


「駄目だ! 兄上に手出しはさせない!」

 ホタルは兄を庇うように彼の前へ出て両腕を広げた。すると男はそのみぞおちに拳で一撃食らわせ、彼はあっけなく落ちる。それを見たユウナギは「ナツヒより手が早い~~!?」と口が半開きになった。


 男は気を失った彼を抱え上げ、

「蛇が目を覚ます。長居は無用だ」

とヒカリを外へ促した。



 ユウナギが洞穴の外へ出た彼らの後を追って出ると、武人の男はヒカリを正面から狙っていた。


「お前の主とは誰だ。私を狙っているというなら、どうしてあの状況を助けたのだ」

「助けたのはお前ではない。そこで伸びている男だ」

「ホタルを? ホタルを助け、私を狙う? ……お前は我々が丞相の血を継ぐ人間だと知っているのか?」

「国の政には明るくない。私はこの地方で生まれ育ったが、神の使いである女王が治める国ということしか知らぬ」


 ヒカリは男をじっと見た。

「先ほどの技……。聞いたことがある。気合で敵を威嚇し仕留める、の国の最強秘伝古武術。そしてその武術を操る者の子孫が、彼の国との交易が失せた今も、どこかの山奥で暮らしているという」


 ユウナギはそこまで聞き耳を立てていて思い出した。ナツヒの言っていた古武術の話を。すると解答がするする出てくるのだ。つまり、「お前の主とは誰だ」の答えが。

 ユウナギは声を大にして言いたい。「こんないかにもな武人も、やっぱり美女に弱いの!?」と。


「先ほどからその木の陰に隠れているのは何者か? 邪魔立てするなら容赦はせぬぞ」

 なんとユウナギ、指名されてしまった。ならもう隠れている意味もないし、この武人に敵う者はいないだろうからヒカリに助力したい。


 ユウナギは勇んで前へ出た。

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