第77話 現女王と現女王

「失礼いたします」

 扉を開けたユウナギは、深々と礼をする。見上げるとそこにおわすはだいぶ大人の、まっすぐに伸びた黒髪が力強さを思わせる、まこと威厳に満ちた女王であった。彼女を1度見かけたことがある。それは以前の、夢の中で。


 背の高い、大きく見える女王に気圧されて、委縮しまってはだめだ。少し近付き背筋を伸ばし、手は腹の前で組んだ。しかし何を話せばいいのか分からない。自己紹介すればいいのかな? としか。


「自己紹介すればいいのかな? と思っているのでしょう?」

「! ……あなたの神通力は人の心が読めるというものですか?」

「いえ、顔に書いてあります」

 書いてあったか……と思った。


「そなたは未来の国から来た女王ですね」

「お見通しですか」

「ええ、過去か未来かどちらかと迷いましたが、そなたは垢抜けていますからね」

「垢抜けているとはいったい!? ……あ、声に出てしまいました」

 緊張し過ぎである。


 その時、女王は大きな溜め息をついた。

「?」

「そなたの来訪で、私は何よりも有益な情報を得られたというのに、それに見合う何かをそなたに差し出すことができない。それを心苦しく思います。過去とは弱い立場ですね」

「有益な情報? 私が何か?」


 女王は晴れ晴れとしたような顔をしている。


「そなたの来訪自体が、私にとっては神からの啓示なのですよ。すなわち、私は次の女王を見つけられる。なぜなら、そなたが存在するから」


 ユウナギの頭の中に、あの夢のが映った。先々代女王が先代女王あとつぎの存在を掴んだ時、先代女王はかなり成長した姿だった。目の前の彼女は、あの少女をまだ見つけられていないということだ。


「もう何年も探し続けています。もしかしたら、私には次を見出す神の目がないのでは、と……今の今まで……」


 精神の逞しそうな女王が、ふと気弱な表情を見せる。ユウナギの心に共感の嵐が吹きすさぶ。

 神の力に目覚める気配もなく、長く不安に苛まれたこと。ここで神の血を、国の平和を、無能な自分が絶やしてしまうのではないか、という、かつての恐怖を思い出したのだ。


 歴代の女王はみな、強大な力を持つ。自信に満ち溢れ、迷いなく国の民を幸福に導く――。記録書にはそう記されている。しかし、それぞれに悩みも焦りもあったはずだ。時に不安と孤独に闘うことも。それは決して自分だけではない。


「大丈夫です。心穏やかにお待ちください。必ず見つかりますから」


 そこでユウナギは、女王が何か代わりになるものをと言うのなら、ぜひ説いていただきたい、と思う。

「もし力及ばず、自分の代で国を滅ぼしてしまうことになったら、あなたはどうしますか?」

「…………」

 女王は思い当たる。彼女は国の確かな未来を視てはいない。己が次代を見つけられないからではと苦にしていた。そうでないことは今分かったが、この未来の女王の言から察するに、やはり国は永く続かないということだろう。


 彼女は一度目を閉じ、決意したように話す。

「苦しみ悩みぬいた末に、それが神の定めた運命だと諦めます」

「諦めてもいいのですか!?」


 ユウナギは焦った。彼女の心労を察してか先々代は、ふっと優し気な笑みをたたえる。


「私は遠く未来さきの夢をみます。時々、この地の千年、二千年先の夢をみます。この地であるにも関わらず、“国”はいつも違います。それが変わりゆくのも天命でしょう。しかしここに生きる人々は、いつの時世も逞しく、幸福を求め営み続けます。恐ろしくても苦しくても……もしかしたら苦しみばかりであるかもしれませんが」


「それでも前に進んでいるのですか?」

「ええ。そして、そなたの蒔いた種もいつか実を結び、花を咲かせ何百年、千何百年先にも咲き誇りますよ」


 その言葉を聞き入れたユウナギの顔に、赤みがさした。


「私の蒔く種も……? ありがとうございます! 気持ちが楽になりました!」


 その時、扉の向こうから女王の名を呼ぶ声が。

「遅くなって申し訳ありません」

「まことに遅いぞ。ホタルと共に呼んだというに」


 そこに参ったのはヒカリだった。


「失礼いたします。そのホタルはいずこへ? 馬舎に向かったと今そこで部下から聞いたのですが」

「それがな……」


 女王は今ここ中央で猛威を奮う病の原因を、神の啓示により突き止めた。それは、ここから馬で2刻ほどの山に住むという大蛇の鱗だ。洞穴に住む大蛇の鱗から異様な粉が吹き出る。その粉が風に乗って飛び散り、数十年に一度ほどの周期であろうか、この国の男の間で病が流行るのだという。そんな話を聞いてユウナギとヒカリは、嫌な予感に見舞われた。


「たった今、父を苦しめている病ですか……そして?」


 その病魔を取り除くには、その洞穴に茂る花の弁を煎じて呑むと良いのだという。


「それでしたら、隊の方の弟を遣わせるべきですね」

「だが、ホタルが今それは出払っていると言っておったな。先日の嵐で救助が必要なむらが多いのだそうだ」

「だからってホタルが出向いたところでどうしようもないのに!」

「ああ、やっぱりホタルさんひとりで……」


 ユウナギが心配に陥るそばで、ヒカリは駆け出した。なのでユウナギも女王に礼をし、彼を追った。



「ヒカリさん! 私も行くから馬貸して!」

「馬に乗れるんですか?」

「当たり前よ!」

 仮にも女王であるし、当たり前でもないと思うが、ヒカリは微笑んだ。

「ホタルが無事でいてくれればいいのですが」



 急いで2刻走り、ふたりで山の洞穴に入ると、そこには項垂れたホタルの姿が。彼に近寄ったところで奥に見えたのは、人の身体より大きい蛇だった。卵を温めているようである。


「ホタル、無事か?」

「兄上、どうしてここへ……」


 早速ユウナギは蛇が恐ろしくて、洞穴の中の岩陰に隠れた。ヒカリはほこを持ち出したが、ユウナギは準備など頭になく、何も武器を持っていないのだ。付いてきたはいいが、何の役にも立ちそうにない。


「お前こそ! どうして隊が帰ってくるまで待たなかった!?」

「ちょうどいい、兄上。その鉾を貸してください」

 そう言って彼の持つそれを取ろうとする。


「待て。何をするつもりだ」

 手元を見るとホタルは弓を持ってきたようだ。しかし矢は大蛇の近くに折れたりして転がっている。


「持ってきた矢すべて射たのですが、大蛇にはまるで効かず、威圧にもならなかった……」

 そしてヒカリは気が付いた。転がる矢の周りに、つまり大蛇の手前にて、茂る花々に。


「まさかあの花が、薬となる……」

「そう。蛇は弓を撃った私に反撃を仕掛ける様子はないですが、花を摘もうとすると威嚇してくる。ここより近付けば襲い掛かってくるのでしょう……」


「なら鉾を渡すわけにはいかない。我ら文官には歯が立たぬ相手だ」


「文官であっても、私は日々の鍛錬を欠かしてはいない。昔はよく仕合ったのに、兄上は大人になってからというもの、ろくに鉾を持たなくなりましたね」

「文官の趣味の鍛錬でどうにかなる話では」


「だいたい兄上はいつもそうだ。確かにあなたは鍛錬など積まなくても、何もかもおできになる。そしてそれ以上にちゃっかりしている。ここだって武官に任せておけばよいなどと」


「だってそうだろう!?」


 ユウナギは感じた。なんだか雲行きが怪しいと。

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