第68話 探すのをやめたとき見つかることもよくある話で
ユウナギは注意深くゆっくりと動いていた。しかし部屋数がさほど多くないので、2刻もあれば担当の1、2階はすべて見て回れる。目当てを見つけられず落胆した彼女は、あまり希望を持てないまま上層のナツヒを探しに行くことに。
4階に上がったらちょうど彼の方も全室まわり終えていた。こそこそと隅の客室に隠れ、ふたりは報告し合う。
「書斎のみたいに掲げてあるだけなら、壁を見て回れば見つかるはずだよな?」
「しまってあるなんてことあるのかな。それか、隠し部屋なんてものがあったりして。だってここ、からくり屋敷だもん」
「屋敷自体に仕掛けが? 戸が隠れてるとか?」
「ナツヒ、もうちょっと調べてみて」
ユウナギは立ち上がった。
「お前は?」
「情報があるか分からないけど、こうなったら侍女に聞き込みしようかと」
「怪しまれないか?」
「ひとり、アテがあるから」
首を傾げるナツヒを尻目に彼女はそこを出て、調理場に向かった。
ユウナギが調理場の扉を開けようとしたら、急にそれは開く。
見知らぬ侍女がひとり、そそくさと出ていったのだった。中ではミツバが片付けを始めている。ユウナギはまず状況を聞いた。
「何かあったの?」
「なんかねー、あたしたちもうあんまり仕事ないみたいで、休んでていいって」
「そうなの?」
「
「ケンカ、ねぇ……うん」
ミツバは洗濯も終えたので、あとは主の夕食さえ用意しておけば良いと言う。ふたりはつまみ食いを始めた。
「ねぇ、ミツバは伝説の武器のこと知ってる?」
「伝説の武器? ああ、殿とかに飾ってあるやつ?」
「そうそう、あれ3つあるってことは?」
「知ってるよ、うちらの誰かが飾っておけって言いつけられてたの見てたもん」
「上からの指示? 誰がやったの?」
誰だったかなぁ、と思い出しながら彼女はくるみを頬張った。
「今、殿にいる誰かだったけど、3箇所に分けて飾っておくように言われてて。言い伝えでさ、3つを一緒に置いておくと武器が夜な夜なケンカするんだって」
物の怪を想像したユウナギの身の毛がよだつ。
「で、ミツバはどこにあるか知ってる!?」
「ええぇ、殿でしょ? あぁ、殿にはふたつか。向こうは置き場が少ないから」
こんなことでやたら真顔なユウナギに、ミツバは困惑しているようだ。
「ところで、もうひとつって何の武器?」
「あたしも知らない。見たわけじゃないし。……あ、思い出した! その武器ね、他のより身近で扱いやすいから、人目に付かないところに持っていこうって話してた。飾り物なのに変なのってあたし思ったから……」
「扱いやすい?」
「ほら、警備兵とかがケンカして手に取ったら危ないとか、壊したら呪われて困るとか」
鎌も手に取って振り回しやすいですが。とユウナギは思った。
「ちょっと私、行ってくるね」
ユウナギはナツヒのところへ向かった。ミツバは「あれ? あの子、もしかして全然仕事してない……?」と気付く。しかし、まぁいっか。と見逃すことにした。
ユウナギはナツヒの元へ行き、「人目に付かないところ」について話した。
「なんだそれ、やっぱり隠し戸があるのか?」
「最初から探し直しかな。あ、人目に付かないって、もしかして屋敷の外側に飾られてるんじゃ!?」
「それ野ざらしと同じじゃないか。……念のため見ておけ」
「私が? まぁ言い出しっぺだから後で見ておく。同じ理由で、天井に張り付けてあるとかは?」
「地道にまた全部見て回ろう。暗くなったら制限時間だ、諦めろよ。俺は早朝からやることあるんだからな」
「夜は寝たいしね。暗くなったら、また拠点で」
ふたりは再度分かれた。
ユウナギは外を見てまわり、1、2階も隅々まで隠し戸がないか確かめた。棚のある部屋は置かれている物すべてを確認し、室内、廊下の天井も見上げた。くまなく探したはずだが収穫はなし、といった頃、辺りは暗くなり始める。夕暮れ時だ。
「そういえば、調理場はそれほど見てないか……」
調理場に入ったら今回のミツバは、小さい灯りを持ち、棚の前をうろうろしている。
「どうしたの?」
「塩の入った袋が見つからないんだ。どこにしまったっけなぁ。明るいうちに探しておけば良かった」
「一緒に探すわ」
ユウナギは「もう探しものばかりだ」と苦笑いをする。その時、何かむにゃっとしたものを踏んだ。
「やだ、落ちてたよ。塩袋」
言いながら渡す。
「えっ。もう、灯り意味ないじゃん! せっかく付けたのに」
「足元は見えないし、気付かないよね」
くすくすと笑うユウナギに、彼女はもう休むと言った。
「じゃあ、その灯りちょうだい」
「何かやることあるの?」
「うん、ちょっとね」
しかし結局ここでも何も見つからず、ユウナギは拠点に戻った。入室したらナツヒが既に寝ていた。
彼は翌朝早いので寝るのも準備だ。その隣にユウナギも寝転ぶ。
「燈台元暗し、か……」
まだ自分たちの気付いていないどこかがあるのだろうと考えを巡らすが、すぐに寝入ってしまった。
まだ暗いうちにナツヒは活動を始めていた。ユウナギが目を覚ましたのも夜明け前だが、目にした篝火の元のナツヒは、既に女官服を着込み髪も結ってあり、これから化粧を施すというところだった。
これでもう、ほぼアヅミであると言って差し支えないだろう。
「起きたか? 金庫はさっき、あちら側に行く扉の手前に堂々と置いてきた」
「ああ、ありがとう……」
寝ぼけ
「あれ? ナツヒ、自分で化粧してるの?」
「? ああ。自分じゃなきゃ誰がしてるんだ? 精霊か? 亡霊か?」
「だって……え、その女用の化粧、どうして……」
彼は手際よく自らの顔に紅を差していく。
「ああ……ホウセンカに習った」
「そうなの? ……なんで? わざわざ?」
「だってお前、できないだろ?」
「…………」
ユウナギはしばし固まった。
そうなのだ。彼女は自分で化粧をしたことがない。
これにはもう、女としてとことん無能で役立たずな気がして、情けなさでユウナギは身悶えた。
「そんなのいつの間に……聞いてないよ? 彼女、話題にしそうなものなのに」
「あいつの滞在最後の夜だったからな、中央の誰にも知られてないはずだ」
彼が彼女に頼むことを思いついたのは、その最後の日だったわけだが、ちょうど良かった。こんな事を言いふらされて周知の事実となったら、ろくなことがない。
「夜?」
「ああ、一晩かけてみっちりと。そうでなきゃ着るのはともかく、髪結い化粧まで覚えられねえし」
「朝まで、ふたりきりで?」
「……なんだその言い方。朝まで教わってたし、ちゃんと報酬も出したぞ」
「彼女を買ったの?」
「だから何なんだその言い方は!」
ユウナギは化粧も完成しつつあるナツヒに膝で歩み寄った。
「だって、名目は化粧指導だとしても、シュイはこんなこと言いそうじゃない」
そして彼の、紅の乗った女顔を両手で、自身へと振り向かせ。
「夜明けまでまだしばらくありますから、それまで私のこと好きにして?」
「…………」
「とかなんとか――」
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