第67話 探しものはなんですか?見つけにくいものですか?

 目的地に向かいながらナツヒは回想していた。ついこの間、ユウナギが方向転換を言い出したのだ。


――――「はぁ? お前、港譲渡書は別にどうでもいいようなこと言ってたじゃねえか」

「それが逆に、どうしても入手したい品になってしまいましたっ」

 ユウナギはなんだか膨れた顔だ。


 ナツヒにとってはアヅミを救出するという任務ですら腑に落ちないところがあるのに、余計な仕事を増やしてくれるな、といった話である。


「神隠し先で……お世話になった人を助けたくて、そのためにどうしてもそれが必要なの」


 だが王女の命令なら逆らえない。


「……それ、男? 女?」

「へ? 女の子だけど。あ、子じゃないや、もう母になる女性だから。いつかまた会えたら、大家族を紹介してくれるって。こっちも負けずにみんなを紹介しなきゃね! ナツヒも自己紹介の心構えをしておいて」


 ナツヒは気になった。彼女はこの頃、物言いの間に目の泳ぐ瞬間が差す。基本は楽しそうに嬉しそうに話す、それは通常なのだが、そこに薄暗い表情がたぶん無意識に挟まれるのだ。

 以後それを見つけるたびに彼は、彼女が何かを隠していると、胸にわだかまるのだった。


「あ、あとね、今まで言いそびれてたんだけど」

「ん?」

「譲渡書とは別にもうひとつ、あそこで探して持ち帰りたいものがあるんだ」

「…………」

 更に仕事を増やすのか、余裕のないあの現場で……と、ナツヒは口を開けて固まった。




 真っ暗な書斎に辿り着いた。まずは小さな松明を灯す。


「最重要というわりに、完全に勘でしかないんだろ? 譲渡書がここにあるって」

 棚を一通り灯してみたが、そのまま置かれているという都合のいい話はなかった。


「だって、木を隠すなら森の中、紙を隠すなら書の中、でしょ?」

「こんな真夜中にこんなところで探し物って正気か? しかも朝までという時間制限付き」

「一応重要なものだから、アヅミの縄張りである殿の方にあると思う。それがあるじの寝室にあるならもうどうしようもないわ。明け方ぎりぎりまでここで探す」


 とは言うものの、ここは火気厳禁の書斎。松明を持つ係と、書を手に取り目当てのモノが挟まっていないか探す係を交代で行う。やむなしだが効率は悪い。


「私ね、ここに来る前は、全部の書を見なくてもいいと思ってたの」

「?」

「大事な物を書に挟んでしまっておくなら、適当には選ばない。やっぱり好きな書にすると思う」

「あいつの好きな書なんて分かるのか?」

「歴史書、戦術指南書、旅行記、料理手順書……そのへんも悪くはないけど、やっぱり雰囲気の良い書が好きだと思うのよ。私もそうだから」

「雰囲気の良い書って?」

「……良い雰囲気の書のことよ。あなたには分からない絶対に分からない」

 ナツヒは苛立った。


「でもこの暗さじゃ書の部類が全然分からない! そうだった暗いんだった!」

 背中で彼に呆れた溜め息をつかれてしまうユウナギだった。


「あまり扉に近付くと上の窓から灯りが漏れるぞ」

「誰も気付かないから大丈夫よ」

「アヅミが通ったりは?」

「ああ、よく分かんないけど、真っ最中だろうから全然問題ない……」


 思い出したらもう倦怠感の嵐だ。


 それからふたりは何刻も地道な作業を繰り返した。しかしユウナギがとうとう船を漕ぎ始める。明け方まであと4刻ほどだ。


「ごめん、ちょっともう限界……。1刻だけ、仮眠させて……」


 彼女はその場で倒れてしまった。1刻で起きるのは不可能だとナツヒは悟る。

 彼も眠いは眠い。ひとりで松明を持ちながら片手で作業するわけにもいかない。制限時間は過去のユウナギが殿に向かい出す頃まで。やはり1刻で目覚める自信はなかったが、明けてからの僅かな時間に賭けることにし、自分も隣で寝転んだ。




**


 ユウナギはうららかな夢の中にいた。


 花畑の真ん中で、直毛の可愛らしい娘が花冠を作っている。


「コツバメ、久しぶりだね」

 彼女もユウナギに気付き、すまし顔になった。

「私も一緒に作りたいな」


 暖かい花畑でふたりは、しばらく綿毛を飛ばしたりして遊んでいた。そんな中、ユウナギが少女に語りかける。


「あの世はこんな、気持ちのいいところなの? 私も近いうちそっちにいくから、また一緒に遊んでね。楽しみだなぁ、何して遊ぶ? また台座を作って、みんなで……」


 その時ユウナギの目から涙がこぼれ落ちた。コツバメはそんな彼女に、子どもにしてはずいぶん大らかな表情で檄を飛ばす。


「泣きながらこちらへは来るな! 笑いながらやってくるなら良いぞ。日がな一日、遊ぼうぞ!」





「コツバメ……?」

 辺りは少し明るくなっていた。目覚めたユウナギは上半身だけ起こし、真正面の棚に目をやる。


「! ……ナツヒ。ねぇ、ナツヒ」

 隣の彼をゆすって起こす。


「……ん?」

「ねぇ、私、あれの使い道分かった!」

「あれ?」

「コツバメのくれた小さい紙の使い道。ナツヒ、教えてくれなかったでしょ。同じ書く時必要な物でも、木簡じゃダメなの。同じ薄いぺらぺらしてる物でも、布じゃダメかな」


 そう言ってユウナギは真正面、下から2段目の書棚を指さす。


 そこにはいくらか書が並ぶ中、一冊だけ紙きれの挟まれているものがあった。


「!」

 ナツヒも息を呑む。

 ユウナギはその書を手に取り、紙の挟まれているところを開く。すると4つ折りにされた、少し厚い紙があった。緊張感を持ってそれを広げる。


「……良かったな」

「うん!」

「さぁ、早く殿を出ないと見つかってしまう」


 ユウナギは手に入れた港譲渡書を胸元にしまい、そこから抜け出した。ちなみに彼女の推測どおり、それの挟まれていた書は「雰囲気の良い書」だったようだ。



 ふたりは拠点とした1階の部屋に戻った。また少し眠った後で、侍女服のユウナギが調理場へ行き、食料をかっさらってきた。ここから1日かけて、もうひとつの目的の品を探すことになる。


「それで、持ち帰りたいもうひとつのモノとは?」

 ユウナギは周りに人などいないのに、きょろきょろと見回して、ナツヒの耳元でこっそりと打ち明けた。


「はぁ!? 3つある伝説の武器の、残りだと!?」

「しっ。声が大きい」

「お前、呪いを信じ込んで敬遠してたじゃねえか」

「今でも呪いは信じてるよ」

「だったらなんで」


 だって、もう死ぬことが分かってる、とは言えない。その呪いでどんな不幸に陥ろうとも、自らの死、愛しい人の死を超える不幸などありはしない。もう怖いものはない。だとしたら、その武器で最大の力を引き出して戦いたい。それで誰かを守れるのなら。


戦場いくさばで、“さいきょう”の武器で戦ってみたいっていう浪漫よ」

「なんだ浪漫って」


「千年以上前に成った国の名だって。元は初代王の名かな。神の子孫が制した古来の国よ、それが転じて“胸の焦がれるような熱ーい思い”という意味の言葉になったの」


「ふうん。それが雰囲気の良い書に書いてあったのか?」

「それはまた違う話」


 ナツヒは尋ねる。

「で、その武器って何なんだ?」

「知らない」

「はぁ? 知らないものを探すってお前」

「だってアヅミ、そこまで説明してくれなかったんだもん。ただ3つの部屋に分けて飾ってあるってだけ」

 ナツヒはいつもの呆れ顔だ。どんな武器か分からないのなら、それが扱えるかも期待薄ではないか。ユウナギの使えないものなら取ってやろうとも企んだ。


「ひとつが鎌、それは殿の右の部屋、ひとつは弩弓、殿の左の書斎。もうひとつは、どこなんだろうな」

「きっともうひとつはこっち側、この木造りの屋敷のどこかよ。殿は他に部屋がないし」


「ならその勘を信じて、お前は1・2階、俺が3・4階の部屋全部を探そう。制限時間は今日の日没までだから、わりとあるが」

「飾ってある、っていうくらいだから隠してはなさそうだし、全室見ればどこかで見つかるよね。というか誰が飾ったんだろう」


「1階で俺たちに鉢合わせしないよう気を付けろよ」

「そっちも倉庫周辺でぶつからないようにね」


 こうしてふたりはそれぞれ担当の階へ出た。


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