第62話 頼りにしてるよ?

 着替えを済ませ、くたくたになったユウナギは自室に戻り。


 自分も幻の見える薬に当てられてしまったのか、ひとりで呟いていた。


「ねぇ、ナツヒはどう思う? ……ねぇ答えてよ、返事して?」


 彼はすぐそこにいて、いつものように呆れた顔で見つめてくるから、つい甘えてしまう。


「いつもすぐ応えてくれるじゃない。なんでもいいから、聞かせてよ……」


 そしてばたっと寝床に倒れ込んだ瞬間、我に返った。ここにはひとりで来ていて、彼は今いないのだ。


「あれ、私、どうしちゃったんだろ」

 そもそも相談するなら兄様ではないか、と。ナツヒなんてすぐ「はぁ?」とか言って否定してくるのだし。


「でも旅のお供はいつもナツヒだから……相談に乗ってほしいのに……」

 仰向けになったユウナギはそうこぼしながらくうを見つめる。


「帰ったらまたナツヒと出かけるんだ。なんせ今度はアヅミを連れ返しに行く、大がかりな旅だよ」

 そこでユウナギは目を見開いた。そのまま、見開いたままでとび起きた。

 アヅミの表情、そして様々なことばまでが駆け巡った時、それが引っ掛かった。


「港譲渡書……」

 それは北の港と船を、国が使えるというもの。


 鼓動が高鳴る。

「遠くに、どこか遠くに、誰も知らない遠いところへ……!?」

 それでもすぐ、一呼吸して心を落ち着かせた。なんて無謀なことを、と。


――――どうしてわざわざ海の向こうへ? どこか行くにしても、陸路でしょう? どうしてより危険の多い海路を選ばなくてはいけないの?


「危険の多い、道……!?」

 ユウナギはまた思い出してしまった。


「神が力をお貸しくださる? これは御母様の示す手掛かりなの?」


 これは神の導きなのか、それとも母の導きか。

 もうこの道しか考えられない。神の力を借る巫女とはそういうものだ。

 

 国が滅んで1年であれば、この領土を整えるために、きっと港までは手に付けられていない。もちろん港を管理する住民には、それまでに十分説き伏せておこう。努力で成せることなら何でもする。

 それでも自分は神の言葉をただ代言するだけ。それを受け入れるか否かは、彼女とその家族の選択だ。


「ナズナに話してみよう……」



 それからユウナギは風邪をひき、数日の間寝込んだ。幸い、見習いの娘のおかげで大事にならず済んだ。

 末妹の具合も快方に向かい、ナズナは朗らかさを取り戻しつつある。


 ある朝、回復してすぐのユウナギは、ナズナを落ち着いて話せる場に呼び出し、そこの土手に座って切り出した。

「ナズナ、聞いてほしいことがあるんだけど」

 彼女は静かに頷いた。


 ユウナギは勧める。港から船で出てどこかの島で、厳しく苦しい暮らしを家族で力を合わせ、始めてみないかと。思えば無茶苦茶なことを言っている。

 彼女は真剣な瞳で語るユウナギを、じっと見つめていた。


「それが、神の示す道なの、根拠はみせられないのだけど……」

「分かりました、ユウナギ様」

「えっ?」

 ナズナは両手でユウナギの手を取った。


「あなた様が床にいらっしゃる間に、お医者様から聞きました。あなた様はお隠れになったと聞いていた、亡き国の女王であらせられるのですね。そうとは知らず……今までの非礼をお許しください」

「あ、いえ、そんな」

 そうかしこまられるとユウナギなど、どうにもまごまごしてしまう。


「あなた様の、神のお力を信じます。嵐の中で妹を見つけてくださった。どうして信じないことがありましょうか。あなた様は薬をお持ちになって、私たちの前に現れ、妹を病から救ってもくださいました。そしてまた、新しい扉を開いてくださる……」

「厳しく、苦しく、恐ろしい旅になると……」

「その先に私たちの幸せがあるのなら、苦難も厭いません。私もあなた様のように、逞しく生きたいのです」


 そう言って、彼女はユウナギの手を自身の下腹部に当てた。ユウナギはその確かな膨らみを感じた。

「新しい家族のためにも」

「ええ、必ず。みんなで、幸せになれるから……!」

 一家は家屋やすべての持ち物と引き換えに、港までの馬車と御者を手に入れることにした。



 その日、準備は整った。夜明けと共にユウナギは一家と馬車で北の港に向かう。ただ懸念があった。この道中はずっと森を通っていく。よって急に元の世に戻される可能性がなきにしもあらず、というか、そうなるだろうと思うのだ。なぜならいつも、ここぞという時に帰らされるのだから。

 彼らを船に乗せるところまでは自分の目で確かめておきたいが、こればかりはどうしようもない。


「ナズナならきっと大丈夫だよね。でも馬車に乗るまでに、もう一度話しておきたいな。もう寝ちゃってるだろうし、朝になったらでいいか」

 実に晴れ晴れしい気分だ。

 ユウナギは己を通して民が神を深く信じるという事実に、感動を覚えているのだった。



 まぶしい朝日が照りつける。

「ナズナ!」

「ユウナギ様」

 森の中、ナズナがちょうどひとりで歩いていた。

「あの、私、船出まで一緒にいられないかもしれないから、もう一度言わせて。私がいなくても大丈夫よね。幸せな未来を信じてね」

 彼女はユウナギの手を取って、目には涙をにじませた。

「はい。信じています。みんなで支え合って、温かな日々となるよう努めます。そしてこのお腹の子を生んで、もっと家族が増えていって……。いつかユウナギ様にそんな私の家族を、紹介させていただけますか?」

「もちろん! ぜひ、ぜひ。いつかまた会いましょう!」

「はい。いつか、また……」



 明け方、先に馬車に乗り込んだ夫はナズナに尋ねた。

「あれ? ユウナギ様は?」

「もう次の旅に出られたみたい。さっき寝室に伺ったら、いらっしゃらなかったの」

「そうか、じゃあ僕たちも出よう」

 ナズナも迷いのない表情で、家族の待つそこへ乗り込んだ。





「ナツヒ、絶対に秘密よ。王女様がね、ほんとうにお転婆さんで。いつの間にか愛馬で遠くに遊びに行ってしまわれて、お父上はいつも気苦労が絶えないのですって」

 母はくすくすと笑う。この日のナツヒの夢は、以前の続きだ。


「……王女はみんなお転婆なのか?」

 幼いナツヒは母の顔を下から覗き込む。


「さぁ、どうかしら。そうかもしれないわね」

「俺の守る王女は、お転婆じゃなきゃいいな」

「まぁ、どうして?」

「だって俺は王女のために生まれてきた兵士なんだろ? なのにその子が馬に乗って自分で戦ったら、俺は要らないじゃないか」

「あら、そんなことないわよ。たとえ王女様がお転婆だったとしても、きっとナツヒを頼りにしてくれるわ」

「そうか?」

「ええ、きっと」


 目覚めたナツヒはまだ眠そうに、頭や胸を掻いている。


 彼は朝一で馬舎に向かうあいだ考えた。きっと本日中にユウナギは帰ってくる。門限の日だからだ。ユウナギをいざなう神はとても律儀なのだ、今までの経験から言って。


 馬舎に着き、それぞれを見て回り始めたところだった。トバリの馬の大きな体を背もたれにし、干し草の上で眠りこけるユウナギを見つけたのは。


 ナツヒは鼻から息を抜いた。

「おい、起きろ。朝だぞ」

 彼女の頬をぺしぺしっとはたく。

「ん~~ナツヒ? もうどうしてついてきてくれなかったの~~?」

 寝起きいちばんに詰られた。

「相談したかったよもう~~」


「……起、き、ろ。邪、魔、だ」

 ぺしぺしと目が覚めるまではたかれ続け、ユウナギは覚醒した。


「あれ、ナツヒ今日もご機嫌ね? 分かった、また母君の夢をみたんでしょう」

「……まぁ、珍しく正解だ」

「おお~~私の勘も鍛えられてきたよね! ……さてと。兄様に会わなきゃ」


「…………?」

 それはいつもユウナギのありったけの元気を放出させる言葉なのに、その時の表情は侘しさや心細さといったものを映したようで、ナツヒの胸に少し引っ掛かった。






.・*・.・*・.・*・.・*・.・*・.・*・.・*・.・*・.


 ナツヒが周りの大人たちの刷り込みによって、「俺のプリンセス―!!」と出会い前から楽しみにしてたのバレ回です。

出会う(ナツヒ9歳)→ ナツヒテンション↑↑でとりあえずイジメる→ ユウナギ「びぇ~ん(泣)」兄トバリの後ろに隠れる→トバリ「よしよし(撫)」→ ナツヒなんかイラっとするから更にイジメる→「びぇ~ん!」→「よしよし」→ ユウナギ「兄様優しい~(はぁと)」→ ナツヒいらっ→ イジメる のループであったことは想像に難くない…。

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