第60話 運命を知る日

 その夜、ユウナギはまた夢をみる。

 そこは老女と少女が暮らす小さな家屋だった。その娘は齢10ほどだろうか。娘の顔がだんだんと見えてきたら、ユウナギは気付いた。

「……御母様!? なんって可愛らしい! 硝子のようにきれい!」

 人を硝子に例えるとは? とも思うが、確かにそう感じた。


 暮らしの一幕のようだがそのうちふたりは出かけ、その帰り際に小道で横たわる、深い傷を負った黒毛の馬をみつける。

「大変! 婆様、近所の人を呼んで、手伝いをお願いして!」

 彼女は連れ帰り、小屋で手当をしたのだった。それからその馬はそこの家族となった。

 

 しばらくすると、馬が出産することになる。彼女は手伝ったり近くで励ましたり、無事生まれた頃には涙あふれ、感激の渦の中をいつまでも泳いでいた。


「婆様、生きものが生まれる瞬間というのは、どうしてこうも美しいの。私もこう生まれてきたの?」

「そうだよ。お前もお前の母様が、あのように命を懸けて生んだんだよ」

「私もいつか、命を懸けて、命を生むことになるのかしら」

「それには先に、お相手と巡り合わなきゃね。お前はきれいな娘だから、あと3年もすれば引く手あまただろうよ」

 娘は頬を染める。

「どんな男がいいんだい?」

「もちろん、心も身体も強くたくましい人が良いわ。そして長く生きてくれる人! 父様も母様も、早くに亡くなってしまったから……」


 目覚めたユウナギは、彼女の寂しさをも思い知るのだった。




 さて、こちらは現在の中央の一室、ナツヒの談判の最中だ。


「確かにあれは、目に入れても痛くないほどの宝です。しかしどうしてそなたがそれを、知っているのでしょうね?」

 女王はナツヒから丞相じょうしょうに視線の先を移した。


 彼は慌てて頭を下げ、こう言うのだった。

「私はナツヒに話したことなど、ただの一度もございません」

「そうですか。そなたが私に偽りを申すなど、ありようもないことですね」

 女王の表情は余裕そのものだ。女王と丞相の信頼関係は海より深い。


「まぁ良いでしょう。ナツヒ。私とひとつ契りを結ぶなら、そなたにあれを授けましょう」

「契り?」

 ナツヒは生来より力強いその目で女王の顔を見上げ、内容を尋ねた。



「ユウナギを、最後の最後まで、見守って欲しいのです」

「は、元より命を懸けてお守りする所存ですが」

「いいえ、そうではなく」

 ナツヒには女王の否定の意味が分からない。


「親は先に死にゆく定めです。しかし、我が子の生涯の終わりまでが穏やかであるよう願い、気を揉むもの」

 ナツヒは隣の父をじろっと眺める。それを受け父である丞相は、明後日の方向を眺める。


「あの子の最後の時まで、側で見守っていて欲しいのです」

「……俺は託宣どおり、王女のため生き死ぬ定めの兵士です。あの方を守って死ぬことも覚悟しております。よってあの方より長く生きる約束はできません」


「ならば、あげられない……」

 ぼそっとつぶやく女王。


「えっ」

 ナツヒ、目を剝く。


「託宣も大事ですが、私が求めるものは心の話です。女王は永遠に孤独ですから、せめて支えになってあげて」

「命懸けで守りながら最後まで心の支えになる、結構な重労働ですね」

 丞相は息子の、あまりに礼のなっていない態度に肝を冷やす。


「ナツヒ、お願いです。あの子に孤独な死を迎えさせないで」

 そう話す女王の声は穏やかで温かい。心からの望みであろう。


「……王女は我が兄に、その役目をさせたいのでは」

「トバリにも頼みたいとは思いますよ。ですがあの子は、ユウナギより年上でしょう。男のが早くに逝ってしまうものですし」

「俺も一応年上ですが」

「あら、そうでしたっけ? まぁ、そなたはなんだか長く生きそうだから」

 丞相は、あ、女王もう話すのめんどくさくなってきてる、と感じた。

 ナツヒは、せっかく歴代でも強力と誉れ高い巫女の口から長生きという言葉が出てるのに、それ予言じゃなくて性格診断じゃないか、と思った。本当に有無を言わさない強引なところが、血が繋がってなくても似たもの親子だ、とも。

 

 こっそり溜め息をつくナツヒ。


「ああ、分かりましたよ! 絶対に生きて生きて、殺されようとも生きて、必ずやユウナギ様の死の床にすら、側に控えておりましょう」

「男に二言はないですね」

 女王はにこりと微笑んだ。


 ナツヒが下がった後、丞相は女王にこれを尋ねる。

「あなた様は孤独ですか?」

「いいえ、先ほどはナツヒに無理を通すため、針小棒大に言いました。私にはそなたがいますから。……それにしても、ナツヒに“は”、話したことないのでしたっけ?」

 丞相はその場でひれ伏した。




 あれから数日たったが、やはりユウナギは不安だった。継母の元に小さい妹がいること、そして心配だからとはいえ、あの薬を渡したことも。


「雨が降ってきそうな空だけど……」

 意を決して、妹に聞いたその家のところへ、様子を尋ねに行こうと出かけた。


 その途中のことだ。人と出会い頭にぶつかった。

 謝ろうと相手の顔を見たら、なんだか見覚えがある。そして相手もそうなのか、こちらの顔を鬼気迫る表情で見てくる。


「ユ、ユウナギ様……」

「え?」


 その女性は即座に膝をつき頭を下げた。

「ご無事で在らしたのですね!」

「……え、ちょっと、待って。あなたは」

 ユウナギは彼女の顔を両手で上げ、まじまじと見た。


「あなたは、えっと、確か」

 彼女は以前医師に受け入れを頼んだ、7人のうちのひとりだった。しかし記憶よりずいぶん大人びている。


「覚えてるわ、あの時、しっかり面談したもの。あなたこそ息災で、えっと、あの」


 ユウナギはやっと大事なことに心付いた。ここはいつのどこだろうと。しばらく必死に暮らしていて、その生活風景に違和感もなかったので、ナズナに確認したことがなかった。

 そしてこの医師に見習いに入った娘は、ユウナギの顔を紅潮した顔で、涙ぐんだ目で見つめる。


「あなた様のご尊顔は一時たりとも忘れたことはございません。あなた様のおかげで、私は医術の道を……」


 ユウナギには彼女のその言葉が聞こえていなかった。無性に嫌な予感がした。なので遮るような形になってしまった。


「私が無事って……?」

「あ……私のような者でも、聞き及んでおりました。あの戦で……権勢を誇る方々と共に、あなた様も討ち死になされたと」

「何を……言って……」

「それでもあなた様はご存命であられた……神のご加護でしょうか」


 衝撃が走った。


 ――――戦? 討ち死に? 私も……中央の、みんなも?


 眩暈で足元から崩れるユウナギを、娘は急いで支える。見ると朦朧とし、指先も痺れているようだ。娘は力を振り絞り、彼女を抱きかかえ近くの野原へ運んだ。


 少し寝かせられた後、ユウナギの感覚は戻った。娘が手当してくれていたようだ。起き上がったユウナギは少し間をおいて、そして差し迫った表情かおで彼女に頼む。


「何があったか私に教えてちょうだい。私の尋ねることに疑念を抱かず、すべて答えて」

「は、はい」

「今、何年何月?」

「暦はよく存じ上げませんが……あの戦からもうすぐ1年になると思います」

「あなたがせんせいのところに弟子入りしてから何年!?」


 彼女はその荒れた声にびくりとした。


「4年です……」

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