第54話 私の足をお舐めなさい!……言ってみただけです

 彼を背負ったユウナギが外に出ようという頃、歌姫のところには童女がきていて、彼女はその子らにまず下男を呼んでくるよう言っていた。


「ああ、ご無事ですか!?」

 歌姫の目に留まったユウナギは、燃え盛る宿舎から踏み出した途端、倒れこむ。そして駆け寄った彼女に伝えるのだった。


「あなたの宝物は……私と、この人の、間に……」

 すでに意識不明の王の下敷きになったまま、ユウナギも意識を失った。




 ユウナギが目覚めたのは、翌日の昼だった。

「ここは?」

「ご気分はいかがですか? ここは集落のはずれの空き家ですよ」


 ユウナギにその居場所を教えてくれたのは、歌劇団の下働きの娘だ。歌姫に世話を頼まれたらしい。

 彼女の言では、先に連れの男性が目覚め、さきほど裏の林に散歩に出たそうだ。

「私も行ってきます!」

「ええ、どうぞ。あ、シュイ様がおふた方にお礼をしたいと話しておりました。ですのでまた後ほど」

「は――い」



 ユウナギは林の中で王を見つけ、走り寄った。

「おお、具合はいかがですか?」

「なんとか、大丈夫です!」


 彼は頭を下げ、巻き込んだことを謝罪した。

「あなたの命を危険に晒してしまった。まことに申し訳ない」


 そんな彼にユウナギはしゃがみこみ、寄り添おうとする。


「頭を上げてください。あなたもですよ、この国にいる間あなたに何かあったら、外交問題になりますし……。どうしてあんな無茶を?」


「それはきっと、あの子が、私の……」

 そこで急に王がうずくまった。


「どうしました!?」

「胸が……痛……」

「誰か呼んできますっ」


 そうユウナギが立ち上がった瞬間、立ちくらみが起こる。彼の方に倒れかけたその時、ほんの刹那の間に、彼女は例の異変を感じた。

「あ、これ……」




「うわぁぁ!!?」


 昼下がり、原っぱで腰を落とし休憩するナツヒの膝元に、人間がふたり突如転がってきた。


 周りの兵士が、「隊長!? どうしたんですか!?」と駆け寄る。そこはナツヒの隊が演習している場だった。

 兵士たちは当然現れた二人組に驚きを隠せず、ざわざわと騒いでいる。


 鼓動のまだ速いナツヒだが、二人を認識したようだ。しかも火傷や怪我を負っていることに気付き、即座に屋敷へ運び込むよう周りの者に指示した。

 ナツヒは演習中で知らされていなかったが、王の侍従が主人の行方知れずを騒いだことで、他の隊による捜索が行われているところだった。


 その後、眠っているユウナギの元へ出向き、「どこに行ってたんだ今度は」と彼は頬をつまんで問いかけた。




 ユウナギが目を覚ましたのは、移動した日の夕方。本来ならトバリと出かけている頃だったが、仕方ない。


 ユウナギは王も目覚めたと聞いたので、彼の寝室に走った。


「王様、やっぱり……?」

「ああ、夢から覚めたようだ、もう目は見えない。しかし、本当にいい夢をみていた。あなたのおかげだ」

「夢じゃないですよ。火傷の跡も、ひりひり傷むでしょう?」

 王は納得したように微笑んだ。



 彼の寝室を出た時、待っていたのか、トバリがユウナギに話しかけてきた。


「あなたの怪我の具合はどうですか?」

「私はそんなにひどくないから。火傷も足に少ししただけだし」


 そうユウナギが足の火傷を見ようとしたら、彼は無言で彼女を抱き上げ、

「え? ん??」

執務室に入り、座らせる。


「また無茶をしたんですか? 跡が残ってしまうかも……」


 心配そうな声でつぶやき、その跡を確認するため、彼女の脚をゆっくりと寄せた。

 思いがけないことでユウナギは、それをとても恥ずかしく思うのだ。


「ど、どーせ嫁に行くことはないんだから、跡なんかいくら残ったって平気よ」

「そういうことを言うと、怒りますよ?」


 心配げな顔で彼はその跡を、指の腹で撫でる。ユウナギは更に恥ずかしくなり、それを隠すために虚勢を張った。


「だって、女王なんて本当に損な役! ……だからこそ、ここは女王然と振るまってみましょうか」

「?」

「この火傷の跡、舐めて」

「は?」

「女王命令よ」

 空間移動明けのおかしな気分で突っ走るユウナギだ。


「あなた、なにか変な書、読みました?」

 こんなこと教えた覚えないけどな、とトバリはげんなりする。


 そんな彼のげんなり顔を見て少し冷静になると、ユウナギはだんだん不安になってきた。はしたないことを言ってしまったと。


 しかし冗談だって言わなきゃと口を開いた瞬間、彼が自分のふくらはぎを少し持ち上げ、顔を寄せてくるのだった。


――――え? ほんとに? ほんとに??


 ユウナギが焦りに焦るその時、がたっと戸が開き、こんな声が。


「トバリ、ここかい? 歌劇団の舞台の日取りなのだが――」

「「「!!?」」」

 からんからんと手持ちの木簡もっかんが、丞相じょうしょうの脇から落ちた。


 息子の顔のすぐそばに王女の下半身がある、いかにもな体勢のふたりが目の前に。


「う? うん? あれ? 衣服は着ている?」

「「き、着てます! 着ています!!」」


 説明して、というか誤魔化して事なきを得た。


 ユウナギは初めて、こんなにも慌てた彼の姿を横目にでき、結果的には満足だった。

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