第53話 今日の私は救助隊員

 ユウナギの声援を受け、王が歌劇団の小さな舞台付近でふらふら散歩していると、後ろから人影が。


「おっ客さぁ~~ん」

 突如とびかかって王の腕を捕まえたのは、劇団の娘だった。何やらいろいろ話しかけてくる。


「ねぇお客さん。前うちの子買ってた時ね、隣で聞いてたんだけどぉ、探してる人がいるのでしょ?」

「あ、ああ……」

「それって私たちのような年ごろの娘だったりする?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、私たちの中で探してみたらいかが? いらっしゃいよ」


 饒舌な娘に、起こっている事態に、王の頭は対応しきれていない。娘はそんな彼に団の客室でもてなすと言い、強引に連れて行くのだった。



 そういったわけで、茶一杯でそこに座らされている王だった。自分は一体何をしているのだろう、と情けない気持ちに流されている。


 その時、そこの戸をばたっと開けてやってきたひとりの娘が。

「ねぇ、ここを出て」

 例の歌姫だった。

「え?」

「こんなところにいても、ろくなことないわ。さぁ、ぼぉっとしてないで」


 彼女は王の手を取り引き上げた。そして急いで行こうとするのだが、彼は足が弱く走れない。


「じゃあ私が支えるから、早歩きで」

 といったふうに、ふたりはそこを出た。



「いったいどうしたのだい?」

 彼は歌姫に尋ねた。


「あなた騙されるわ。あんなところにいたら」

「?」

 彼女は団の幹部室で話されていたことを、包み隠さず話しだす。その前を通りすがり、客引きの娘と副団長との会話に聞き耳を立てた成果を。


 その話とは、劇団の娘を彼が探している人物というのに仕立てあげ、更なる銅貨を踏んだくろうというはかりごとだった。なんせ彼は初回に多くの銅貨を払ってみせたのだから。


「まさかあの時の話を聞かれていただなんて。まぁ、ここの娘たちは……私も含まれるのだけど、地獄耳が生き残る術だから」

 更に彼女は話を続ける。


「副団長は本当にがめつい人で、いつもお金のことばかり。彼が来てから確かにこの団は大きくなったけれど、私たちはただの消耗品となってしまった。団長はそれをやんわりいさめようとするの、でもやっぱり商売の上手い方がどうしても……なんて、つまらない話。とにかく、もうここには近付かない方がいいですわ」


「いや、騙されるなんてことは」

「あなた、本当にお人好し」


「いいや……。私は、本当は銅貨など少しも持っていないのだよ。この間のも、人から借りたものだった」

「…………」


「それに、家族に繋がる手掛かりが少しでも得られるなら、私だって嘘をつくよ。持ってもいない銅貨をちらつかせ……だから、騙されたなんて他人に言える立場にもないのだ」


 歌姫にはこの初老の男性が、とても可哀そうに思えた。

「そのご家族の方は、女性? どういった特徴の?」


 その時、劇団の拠点の方から「火事だ――!!」という叫び声が聞こえてきた。

 歌姫は慌ててそこへ走って行く。王も足を引きずりつつできるだけ急ぎ、彼女の後を追うのだった。


 そこに彼女が着くと、団の娘たちの寝室が連なる宿舎にまで火がまわり始めていた。

 怯みながらも自室に行こうとする彼女に、なんとか追いついた王は、焦りをあらわにする。


「どこに行くんだ!?」

「私の寝室に……あそこには大事なものが……」

 彼女は彼を振り切りたいが、初老とは言え男の力で引き止められているので、逆に彼の腕を掴み連れていくことに。


「熱い……」

 入口の手前に着き、そこで何としてでも彼を振り切ろうとする。


「離して!」

「だめだ、火が回ってくる」

「まだ大丈夫よ!」

「どうしてそこまで?」

「母の形見が、中に!」


 このやり取りの隙にも中へ飛び込もうとする彼女。その時、風に乗って飛んできた火の粉を目にし、彼女は不自然に震え出した。


「痛っ……熱い……いや! 怖い! やめて!!」


 直接火の粉がかかったわけではないが、どうも様子がおかしい。いやに混乱している。それでもなお、這ってでも行こうとする彼女に。


「私が行こう」

 王がその肩に手を乗せ、言い放った。


「!? あなたは足が……」

「形見とは?」

「……琴……竪琴!」

 王はこくりと頷いてみせ、足を引きずりながら中へ飛び込んだ。



 それから腰の抜けてすぐに動けない彼女は、「誰か――! 来て――!!」と力いっぱいに叫んでいた。


 そこにやってきたのは大きな水瓶を背負い、自身も水を大量に被った、ずぶ濡れのユウナギだった。


「!? あなたは?」

「騒ぎを聞いて水持ってきたけど、必要な人いる!?」


「男性が、初老の、私の客だった人が、中に」

「あれ? あなたは歌姫? まさか中にいるのって」


 ユウナギは気付いたらもちろん顔面蒼白だ。


「彼が私の代わりに中へ」


 すぐにも血相変えて彼女を問い詰める。

「中のどこ!?」

「ここから4つ目の右の戸……」

 それを聞いたら即行、ユウナギも中へ走って行った。



「王様――!! 返事して!!」


 いつ建物の枠組みに火が燃え移るか分からないそこで、ユウナギが4つ目の戸の前に辿り着いた時、その返事が聞こえた。

「ここだ!」

 戸が崩れ落ち、王が現れた。手には見慣れない物を持っている。


「良かった、さぁ早く!!」

「探しものは見つかった。生きて戻り、彼女に渡さねば」


 ユウナギは背台で運んだ瓶の水を、彼にばしゃっとかけた。ユウナギが支えながらふたりは早歩きで出口へと向かったが、もう少しというところで彼の足に不調が走る。


「王様? 立っ……」

「これを、彼女に渡してくれ」


 痛みでうずくまる彼は、脇に抱えていたそれをユウナギに渡そうとする。


「だめよ、あなたから渡さなきゃ。私の背に乗って」


 ユウナギは彼をおぶろうと、しゃがんで背を向けた。


「それではあなたまで……」

「もうすぐだから!! 早く!!」


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