第48話 美人でも オトコ落とすにゃ 命かけ
ナツヒに理解できるわけもない。
自分の足元を見ると一緒に落ちてきたらしい“ござ”がある。
大人ふたりがせいぜいの穴の中。
「なんだこの穴、最初からあったのか?」
「いえ、朝から掘って掘って掘り続けて、先ほどやっとできた穴ですの」
「! 朝から掘ってこんなのできるわけ……」
「うちの下男3人と小さい娘たちで、協力して作りました。晩から雨が降ると予想できたので、急ぎましたわ」
「雨が予想できたからって」
「きっと降る頃に、こちらにおいでだと」
ナツヒは驚きを通り越して感心してしまった。
腰の痛みに耐えて立ち上がる。
彼が腕を伸ばしても手首が地面になんとか届く、というほどの深い穴だ。
「その下男たちすげえな、うちで働かねえかな」
なんて独り言を呟いた。
「で、なんでそんな落とし穴作ったんだ?」
「あなた様を嵌めるために」
「はぁ??」
そこでシュイは、穴の壁に彼を追い込んで不平を言う。
「だって、ちっとも相手にして下さらないんですもの」
「ちょっと落ち着け」
こんなに至近距離で迫られた経験のないナツヒは一層たじろいだ。
「嵌めた俺をお前が待ち伏せするって計画は分かったが、俺がお前の上に落っこちて事故にでもなってたらどうするんだよ?」
「もしそれで死んだら、そういう運命だったと諦めます。もし打ち所が悪く身体を不自由にしたら、それこそあなた様に囲って頂けないかしらと。腕や脚の一本不自由にしても、私、役目を果たせますわよ」
まったく開いた口が塞がらない。しかしどこか感心してしまう。
「私、ここ2日間あなた様のことを、下の者に調べさせましたの」
「調べた? 何を?」
「お家柄やお役目のこと。ご気性やご家族のことまでも、喋る侍女はいくらでもいますのよね」
改めて彼は黙ってしまった。
「知れば知るほどあなた様は理想どおりのお方。なのであなた様に身受けされたいです。私、末端の妻でも構いませんし、ご身分の高い方に対し、身の程を弁えた振る舞いも心得ておりますわ」
ここでナツヒは一度、伏し目がちになる。
「地位や裕福な暮らしが目当てなら、ここにはそんな男いくらでもいる。俺の知り合いにも色々いるから紹介してやってもいい」
「あなた様がいい」
シュイは彼に、徐々に迫りながら続ける。
「あなた様は
「いやだから、それ俺じゃなくても」
「地位が目当てだと蔑まれますか? 女は強い男を求めるもの。あなた様のそのご身分は、ご先祖から継がれる強者の証。私には、見目が美しいからとか、歌が素晴らしいからとか、理由をつけて寄ってくる男性もいますけれど、それは神から贈られた力ですわ。身分や血筋で人を好むのは、それと何が違うのです?」
ナツヒは言葉に詰まる。その時とうとう雨が降り始めた。
「そう言われてもさ。調べたんだろ。俺に妻はいない。いらないからだ」
「今までとこれからは違いますでしょ。それとも、
「そんなのはいない。……単に妻なんて、職務を全うする上で持て余すだろうと」
「それなら、なおさら私でいいではないですか。子さえ授けてくだされば、ないがしろにされていても一向に構いません」
「ならやっぱり俺が必要なんじゃなくて、子種目当てじゃねえか!」
少し喧嘩腰になった。
「女が男を求めるのはそのためでしょう!? その人目当てなら、他にも妻を抱える事実に耐えられませんわ」
ナツヒは彼女との意見の噛み合わなさに、同じ国の人間なのかと戸惑う。それとも表現者とはこういうものなのだろうか。
思えばユウナギは女王の舞いを大絶賛するが、自分はまぁ綺麗だよなと感じるくらいで、唸るような感動はない。ユウナギですら舞っている時だけは綺麗なのだし。
むしろ舞っただけで神が憑依するなんて滅法便利だ、という感想が先立つような自分とは、そこらは違う人種なのだ。
そうだ、彼女の言うことは理解できなくても仕方ない。そういう結論が彼の中で導かれた。
その時、上でがたがたと音がして、人の来た気配があった。ナツヒは手をめいっぱい上げて「お──い」と叫ぶ。
「きゃああ! 地面から手えええ!!」
ああ、ユウナギだな、と分かった。
そう、雨が降ってきたのでユウナギが、あの仕掛けたちを片付けてあるだろうか、とやってきたのだった。
「おい、ユウナギ! 梯子持ってきてくれ!」
「ナツヒ?」
地面から生えて横揺れする手のひらの持ち主に声で気付き、穴の方に寄っていく。
「あ、こっち来るなよ! 念のため」
止められた。
とにかく梯子を持って来いと小間使いにされる王女だが、素直に言うことを聞くユウナギだった。
とりあえずは安堵。
「穴、埋めておけよ」
「埋めておくので、またふたりきりでお話ししてくださいませ」
にっこり微笑むシュイに、声にならない声をあげるナツヒであった。
屋敷まで戻る途中、ナツヒはユウナギに呟いた。
「なんで女はそんなに子どもを生みたがるんだ」
ユウナギにとっては愚にもつかない疑問だ。
「男も望むから子が生まれるんでしょう?」
いや男にとっては結果的に子が生まれてくるわけで、などと彼女の前では言えないが。
「生むには自分の命を懸ける必要があるだろ。子どもは自分とは違う人間なのに」
ユウナギは、ナツヒってそんなこと考える子だっけ、とふしぎに思う。
「可能性よ」
「可能性?」
「自分が15で子を生むとしたら、その子は自分より15年長くこの世に留まる可能性があるわ。自分とは違う人間だけど、命は違うと思わない。そう考えないと、人ひとりの命なんて3,40年で終わってしまうもの」
「ああ、その可能性のために俺は穴に落とされたのか」
「?」
あんな目に遭ったナツヒだが、それほど機嫌は悪くなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます