第六章 あなたを落としたい

第46話 二組のお客人

 諸々の事情でしばらくの遠出を禁止され、ユウナギは馬術の鍛錬をして過ごしていた。

 またくだんの和議への交渉は着々と進み、その先に起こり得るだろういくさの準備も始められることとなった。


 ある朝、機嫌のいいユウナギが唄い飛びはねながら突撃したのは、トバリの仕事場。

 トバリと、共にいる彼の養子セキレイは、その唄声に少しひきつったような顔で彼女を迎えた。


「何をしてるの?」

 尋ねるユウナギにセキレイが恐縮し、礼をする。彼は見目も気質もすこぶる上品な、きれいな少年だ。


「この子に仕事を任せるので、打ち合わせているところです」

「セキレイ、まだ11歳でしょ? もう補佐の仕事を?」


 トバリには3人の養子がいて、このセキレイがその中では年長である。

 彼は11になったこの間から実務を始めたが、今回初めて彼が先導して案件をこなすことになったという。


「ふぅん。頑張ってね」

「はっ。ありがとうございます」

「今日はどうしたのですか?」

「あのね、侍女に聞いたのだけど、明後日から3日間、近くで珍しい工芸品の多く集まる市が開かれるのでしょ? それにお忍びで行きたいの。兄様とふたりで」


 セキレイがトバリをじっと見た。

「……仕事が忙しいです」

「中央を出てちょっとのところじゃない。3日間あるんだし、そのうちの数刻くらい……」

 そこでユウナギはセキレイを睨んだ。なにやら目配せされて、彼は非常に圧を感じる。


「あの。その間のお仕事、僕にできることなら請け負いますので、ぜひ」

 トバリは絶句した。ユウナギはにこにこして彼の言葉を待つ。

「……調整します」

 ユウナギは喜び、セキレイの頭を撫でた。


「で、この子の最初のお役目はどういったものなの?」

「この国全土の民に親しまれている、歌劇団の営業に対応する事務です」

「歌劇団?」



 ユウナギは無理を通して、これから応対の始まる彼の実務場についてきた。何も口を出さない、という約束の上で。


 入室したら、そこにはふたりの男がいた。歌劇団の団長と副長のようだ。彼らはセキレイ、トバリに深々と頭を下げる。


 彼らの交渉内容はこういったことだ。

 この劇団で歌い舞う娘たちは近年、舞台に立つかたわら、国の高官や役人らに一時的な奉仕をすることでろくんでいる。が、やはりそれは彼女たちをむしばむ慣習である。

 身分の高い者が劇団の娘を気に入った場合は、身受けすることを了承して欲しい、その前提で商売がしたい、そういった決まりの公布を願いたい、と。


 それを聞いていたユウナギは顔色がまったくすぐれないが、何も口出しするな目立った行動に出るな、とトバリに言われているのでこらえた。


 セキレイは善処すると応え、とりあえず彼らの会合は終わる。

 そこで団長が、団でいちばんの娘を紹介したいと言い出した。副長に言い、その者を連れてこさせる。

 入室してきたのは、それはそれは美しい娘だった。


「うちの一推しの娘、シュイでございます」

 舞台衣装の様な、きらびやかな衣服をまとうその娘も敬礼した。その見栄え、一般の民とは思えないほど、所作も洗練されている。


 劇団長は、この娘こそ歌も舞いも特段に素晴らしい技量の持ち主で、長くそこを支えている一等役者だが、よわいの面でも今のような習慣は厳しくなりつつあり、心配していると話した。


 ユウナギもはじめこそ娘の華やかな美しさに見とれていたが、トバリの目に彼女が映るのがたまらなく嫌で、早くそこを出たいと思う。


 劇団はしばらく中央に滞在し、ここにて営業するようで、取り成しを頼み頼まれ、今度こそ場はお開きとなった。



**


「これは一体どういうこと? 本当に何やってるの兄様!」

 ユウナギはおかんむりだ。


 トバリは説明する。


 歌劇団はここ10年ほどで盛り上がってきた商業集団だ。南方のむらを拠点としている。

 このような集団が成り、演芸を商売とすること自体、非常に画期的な試みであった。民の暮らしにゆとりができてきたことの証でもある。


 元々は平民相手に唄を、そこに物語を乗せて披露する、そうして食料などの報酬を得て運営していた。

 しかしそのうち身分のある者が、個人的にその娘たちを消費したいと考えるようになる。

 それらから貨幣が得られることは、当然運営側には歓迎できる変化だった。元は隠れた副業であったが、今では主な収入源だ。

 そのおかげで舞台もより繁盛するように。だがそれは、問題を内包している、ということだった。


「女性に身売りをさせるなんて! 女を何だと思ってるの!」

「今に始まったことではないし、身分制ができてからというもの、性別に限った話でもないですよ」


 彼の態度は、だからあの場に連れていきたくなかったんだとでも言わんばかりで、ユウナギは更に息巻く。


「そうかもしれないけど、しかもそんな案件をまだ11歳のセキレイに担当させるなんて!」

「国の現実にこういうことがあるわけですから。年齢がいくつであれ、この役に就く者ならこなさなくてはいけません」


 ユウナギは弁が立たず、どうせ現実なんて何にも分かってませんよ――! と頭をわしゃわしゃかき回した。


「……兄様も買うの? あの綺麗な人を?」

 そして突如、捨て子のような顔でこう聞く彼女に、これはどう答えるのが正解なのだろう、とトバリは考え込む。

 その合間がユウナギには、彼の後ろめたさのように感じられ、余計に不安の波が押し寄せるのだった。


 その時、下の者がトバリを呼びに来た。


「もう1件、社会見学をしませんか? 今度の来賓には、王女として挨拶をしても構いませんよ」

「?」

 ユウナギは彼についていった。



 その客室は、政務に使う場の中でも一等の処だった。


 そこで丞相じょうしょうと話をしている来賓は、ずいぶんと凛々しいなりの初老の男性だ。家来をふたり連れている。

 彼の顔立ちは精悍で威厳を感じさせるが、目線が違うところにあることが、ユウナギには気になった。


 トバリも彼にかしこまって挨拶をする。この人はいったい誰だろう、と話を聞いていると、どうやら南西側の隣国の、数年前に退位した先代王であった。


 促され、ユウナギも淑やかを努め挨拶の辞を述べる。やはり目線が妙に合わないのだが、まったく穏やかで温かい笑みと声にて、挨拶を返された。


 更に話を聞いていくと、長らくこの二国間の交流も滞っていたが、これからは力を合わせ東に対抗していこう、とこちら側が申し出ている。つまり先の戦を意識した、協定についての会合だ。


 現在、その国の王は彼の息子なので最高権力者ではない。しかしその影響力を我が国のために行使してもらおう、こたびの招待はそういうことだろう。


 まだしばらくこの先代王は、ここ中央に滞在することになっている。

 宴の催しなどを開く予定だ。それを聞いた彼は、楽しみだと言った。

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