第43話 作戦決行
その後ユウナギはシズハと食事の準備をしていた。
「思ったんだけど、なんでワカマルは山の男たちに手伝ってもらっての襲撃を考えなかったのかな。彼らも強いんでしょ?」
シズハは準備の手を止めて自分の意見を言う。
「それは……あの子は、自分以外の誰の手も汚させたくないからだと思う」
彼らの、人殺しの経験の有無は知らないけれど、少なくとも自分が巻き込んだ戦いでは。
「彼らは血気盛んなので、入り乱れて命の奪い合いにならないとも限らないので……」
「気持ちは分かるが、これからはそんなこと言ってられないだろうな。子どもなりに野望があるんだろ」
聞き役に徹していたナツヒが、ここで口を開いた。
「あの子は、本当は自分だって人を殺すようなことしたくないはず。だから世そのものを変えたがってる。そのためにどうすればいいのかはまだ何も分からなくて、焦ってるのね」
「まず国を作ればいいよね」
ユウナギはナツヒに同意を求める。
「まぁそうだけど、簡単に言うな」
「国って?」
「ここからここまでの地域で強奪のために人を殺すのダメです、やった奴は死刑です、って決めるの。その範囲内に暮らす人共通の決まりを作ってみんなが守る、それが国」
「みんなちゃんと守るの?」
「その決まりを作った、国でいちばん偉い人の言うこと聞かなきゃいけない決まりだから。それに反しても死刑」
「へぇ」
シズハはぴんとこないようで、ちょうど食事の準備ができたので話はそこで終わった。
敵討ちの日がきた。
彼らは昼過ぎから支度を始めている。
シズハの遣いを終えて外から戻ったユウナギの目に、最初に飛び込んできたのは妓女の恰好をしたワカマルだった。
「ほら、やっぱり子どもだってばれそうじゃないの」
「現場は暗がりだから問題ない」
そこでユウナギの帰宅に気付いたシズハが、嬉しそうに話しかける。
「ねぇ見て、すごい美女よ」
そして着替え時にすだれにしていた布を取っ払い、ユウナギに見せつけた。
ゆっくりと振り向いたのはやはり妓女の衣装で、シズハによって入念に化粧を施されたナツヒだった。
「!」
「ね、本当に女の子みたい。きれいでしょう?」
「すっぴんのお前の方がきれいだぞシズハ」
ワカマルの合いの手はお約束。
「え、ええ。そうね、女にしては大きいけれど。というか……」
シズハは訝しんだ。ユウナギが泣きそうな顔になったので。
アヅミを思い出して心配に掻き立てられることを、鏡に映る己を見て予想していたナツヒは、彼女に歩み寄り、頭を軽く2度叩いた。
夕刻から出立した。山の民も酒を運ぶのを手伝ってくれている。
現地に着き、門前が見える建物の影から覗く3人は、互いに見合わせ、まずワカマルが酒樽を荷台で運び、出ていった。
うまく中に入っていったようで、ナツヒは機を計りながらユウナギに言う。
「俺たちの獲物が外へ出ていったら俺も合流するから、それまで無茶するなよ。ちゃんと隠れてろ」
「そっちでしっかり酔わせておいてくれれば大丈夫よ」
「言うこと聞け。じゃあ行くから、俺が門兵連れて入って30数えたら侵入するんだぞ」
ユウナギがうなずいたので、ナツヒも酒樽を荷台で引いて門へ向かった。
言われたとおりにユウナギは侵入し、彼らが通ったであろう道をこそこそと行き、酒盛り場方向からずれた小道を川屋の方へと走った。
宴の場から川屋は150歩ほど離れている。それは小屋があるわけではないが、丘の木々の中なので、その手前に潜んでいた。
一方、酒盛り場の方では、最初子どものように小さい女が酒を持ってやってきて、兄弟らはそれでもいないよりましかと、それなりに盛り上がりを見せた。
その直後、今度は逆にずいぶん背丈は大きいが、声も野太い気はするが、そこらではまったく珍しいほどの美女が同じく酒を持ってやってきたのだ。これには大盛り上がりだ。
ならず者兄弟はいかにも人相の悪い、厳つい奴らだが、ひとりだけ毛色の違う者がいる。
どちらかというと細面の、綺麗な髪がまっすぐに伸びた男だ。若そうに見えるので、こいつが情報のない五男だろうとふたりは思った。
妓女ふたりは持参した酒をぐびぐび彼らに飲ませた。
どんどこ調子に乗る乗る男たち。
しかしこの体格のある、つれない妓女には、触ろうにもするりと避けられお預けされる。
それがより男たちの欲求を刺激し、更に舞えや唄えやのどんちゃん騒ぎとなった。
しばらくすると四男が川屋へ行くと立ち上がった。完全な千鳥足だ。ナツヒは気になるが、まだワカマルの許可が出ない。
ユウナギは刃こぼれした
がさがさと音が聞こえる。誰かが近づいてくる。木々の影から頭を出して確認したら、人影はひとつ。それが長男次男だったらワカマルが共に来ているはずなので、あれは自分の獲物だと確信した。
少し緊張するが、あちらは丸腰の酔っぱらいだ。
脚を狙い痛めつけ、動けなくなったところを、さも命を狙うふりして、できれば恐怖で失神させたい。さすれば縛り上げるのも楽だろう。計画は完璧だ。
ユウナギは勇んで飛び出した。
「お命頂戴! いざ、勝負!」
そこで立ちすくんでいた男が振り向く。
なぜか男は花摘みの最中だった。
「えっ??」
「うぃ~~うぇっ。なんだぁ~~おまえ~~」
暗がりだが、月明かりでなんとなく分かる。男は真っ最中で、つまり、履いていない。
「え、なんで?? 川屋はこの奥でしょ!?」
「ああ~~? そこまで我慢できるかあああ」
摘み終えた男はそのまま全身で振り向いた。ユウナギは間髪を入れず、ばっと顔を背ける。
「ちょ、ちょっと……」
「う~~ん、なんだその声、お前、女か~~?」
男がふらふらしながら、にじり寄ってくる。
ユウナギは目を逸らしたまま、
その頃、宴の場では、三男も川屋へ立つと言い出した。
そこへ意識のすべてが向かうナツヒに、ワカマルは「そろそろだ」と合図を出す。
彼は、川屋へ向かう前に入口付近のいちばん大きな
ナツヒは三男に付き添うと残りの男たちに話し、ふらつくその男を支えた。
そしてまずはそのまま三男と退室する。兄弟のうちふたりが退室して、少し落ち着いた雰囲気となった。
ワカマルは長男に、何か面白い話が聞きたい、とねだる。
「面白い話か。俺様の無敵伝説はどうだ! 沢山あり過ぎて朝まで語り続けにゃならんな!」
「兄ぃ! あの話の続きが聞きてえなぁ! えっと、あれだ、赤い桶を被った男の」
「ああ、あれか。よし。俺はその男に聞いたんだよ。なんでおめえ、赤い桶なんか頭に乗せて歩いてんだよ? ってな。そしたらよお」
その時だ。ひとつの篝火が消えた。
ワカマルは笑みを浮かべる。
そして立ち上がり、衣装を脱ぎ捨て隠し持っていた剣を振りかざすのだった。
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