第42話 作戦会議

「熊?」

「こいつシズハの声が聞こえるって、ずっとここらで探して駆け回ってたんだ。本当に信じられない地獄耳だよ」

と、後から追いかけてきたナツヒもそこに現れる。


「大丈夫よ……ナギが助けてくれたの」

「変だな、この辺はけものが出ることはまずないのに」

「そうなのか?」

「ああ、けものの苦手なにおいがあっちにあってな。そこを飛び越えてくるとは、よっぽど目当ての何かがない限り、ない」


 その会話を聞いて、ユウナギは何かを察した。

 そんな彼女の、におい? あれ、もしかして? という表情に気付きナツヒは尋ねる。


「お前その肩にかけてるたすきで運んでた瓶?だったよな、あれどうした?」

「あれは、空になったのであっちに置いてある……」


「まさかそれをシズハに食わせたんじゃないだろうな?」

「そんな、食わせてない。……飲ませたけど」


 ナツヒは怒った。どうしてこうも考えなしなのか。

 ユウナギは小さな声で「だって犬だけだと思ったから……」と言い訳したが、聞いてもらえるわけもなかった。


 そこでワカマルがふたりのやり取りの説明を求める。


 ユウナギは、においで動物に人の居場所を気付かせる効果の蜜について打ち明けた。


「ってことは、お前のせいじゃないか!」


 ワカマルも怒った。しかしその非難をよく聞くと、いかにシズハが可愛くてよくできた女かということを復唱しているところもあり、恥ずかしくなった本人に止められた。


「ナギは助けてくれたんだから、落ち着いて」


「原因作った張本人なんだから当然だ! それも万一遅れてたらどうなってたよ!」


 さんざん怒ったワカマルは一応落ち着いたのか、少し何かを考え始めた。


「けものならなんでも呼び寄せるのか?」


「鼻の利く犬がそれを食べた人間を探し当てる、と聞いていた代物だが、人より嗅覚の鋭いけものなら何でも呼び寄せてしまいそうだな。こいつは携帯食として使いたがってるんだが」


 たくさん怒られてしょぼくれているユウナギに代わり、ナツヒが説明。


「あの時持ってた瓶の中身だな。まだそれ残ってるのか?」


「ん? 今日持ってきたのは一部だから、まだ十分あるけど」


 どうやら彼は興味を持ったらしい。


「残り全部よこせ。そしたらシズハを危ない目に合わせたことは水に流してやる」


 なんでそんなに偉そうなの、とユウナギは悔しく思うが、文句の言える立場では決してないので。


「分かりました……」

 大人しく従うことにした。




 その暮れ方、ワカマルが倉庫在住のふたりの元に、蜜を回収しにやってきた。


「ここに置いてもらってる限りは食事にありつけるから構わないけど、いったい何に使うつもり?」


 戸口で瓶を受け取ったワカマルはにやりとする。


「俺は決めた。敵討ちを決行する」

「え?」

「次の満月の晩だ」


 ナツヒも聞き耳を立てている。


「えっと、あと5日?」

 ユウナギは固唾かたずを呑んだ。


「そう、奴らの屋敷を襲撃する」

「敵陣に乗り込むの?」

「元俺んちだ。勝手知ったる俺の家」

「なら私も行く。女装して不意打ちするんでしょ? 私は本物の女だもん」


 ワカマルはその言葉にまったく驚かない。勝気な笑みを浮かべたままでいる。

 ナツヒももはや焦りはしないが、一度は止めなくてはならない。ふたりのところに割りこんで宣言する。


「お前の出番は俺がぶんどる」

「ナツヒ」

「俺のが使えるからな」


「そうか。……今日は特に疲れただろ? お前もいちいち外出てないで仲良く寝ろよ」


 そう茶化すとワカマルは瓶を倉庫に運ぶため、行ってしまった。


「本当に10くらいの子とは思えないよね」

「本当に生意気だよな」


 しかしユウナギは先にコツバメに会っていたので、実際にこういう子どもは存在するのだろうと考えた。


「あの子も実は巫子なのかしら……」


 戸を開けたままで肌寒く、すぐにナツヒはユウナギを中へと促した。その日から彼は夜、外に出て行かなくなった。




 その後の晴れた日、ユウナギとナツヒは野外でワカマルの計画を聞いている。


「満月の夜はならず者兄弟が屋敷で宴を開く。そこに妓女の恰好で酒持って進入する」


 ワカマルの敵は五兄弟の長男次男だという。そのふたりが家族殺しの主犯だ。


「そのふたりは俺の手で殺す。残りの3人は邪魔だからお前たちがひっとらえてくれ。全員へべれけになればお前たちでもいけるだろ」


 ワカマルは地面に5つの丸を書き、左からふたつにバツをうった。


「まぁ三男四男も相当の屑だ。兄の名を笠に着て村人から食料を脅し取る。遠慮はいらない」


「五男は?」

 ユウナギが5つめの丸を指さし聞いた。


「そいつの情報はほとんどない。お前たちとそう歳も変わらないだろうな」


 ちなみにその情報源は村人や、山の民が協力してくれている。


 ならず者が強奪した一族の館は、敷地の半分が小さな丘の上だ。

 丘のふもとには親族の住居が何軒も点在し、ワカマル家族の住居は丘を上った、敷地内ではいちばん高いところにあった。


「奴らはそこで酒盛りをする。普段は女を村で調達するが、山の皆に先手を打ってもらっておく。奴らに男だけのむさ苦しい宴をやらせておくんだ」


 次はそこの地図のようなものを書き表した。


「どうやって進入するかだが、館の周りは柵で囲ってある。門兵はいつもふたりという話だ。そこでまず妓女のふりした俺が門兵のひとりに連れられ中に入る。時間差で同じく妓女のふりしたナツヒがもうひとりに連れられ入る。その後ナギが悠々と入っていけばいい」


「妓女??」

 おかしな顔をしたユウナギが隣のナツヒを指さす。ナツヒももちろん同じような顔になっている。


「狙いを弱らせるには財宝か女が定石だろ。宝は無理だが、女は用意が簡単だ」


 用意できる女は実際男ですが? とユウナギは口を挟みたかったが、まだ彼の説明は続いている。


「俺とナツヒがそうやって酒盛り場に入る。ナギは室外で待ち伏せてろ。酔って出てきた奴を仕留める簡単な仕事だ。ああ、長男次男以外な」


「私、本物の女だけど、妓女にならないの?」

「お前、酔った男たちに絡まれても平気なのか?」

「ああ俺がやるよ! やればいいんだろ!」

 ナツヒが快諾した。


「でもナツヒ、まだ脚が本調子じゃ……」

「酔っぱらった奴らをお前と一緒に捕らえればいいんだろ。通常業務の中でも軽い方だ」


 ユウナギは心配をすべては拭えないが、とりあえず頷く。


「ワカマルは本当にひとりで二人を相手取るの? しかもその二人は、殺すつもりなんだよね?」

「俺はやれる」

 彼は揺るぎなかった。


「ねぇ、本当に今なの? 敵と体格が同じになるまで、あと3年くらいでしょう? もちろんく気持ちも分かるのだけど……」


「俺はこの復讐をやり遂げたら、外の世に出たい」


 ユウナギは強い意志を映し出す、彼の瞳を見つめた。


「この世のならず者を一掃するんだ。でも人間をならず者たらしめる事件が起きてからじゃ結局遅い。それなら、はなからそれの生まれない世にすればいい。二度と俺たちのような家族を生み出さないように」


「……そんなの無理よ。途方もないわ」

 これでもユウナギはそう口にするのを、一瞬はためらった。


「俺はあと何年生きられるんだろうな。1年でも無駄にはできない。俺は外の世をまだ知らないけど、とてつもなく広いんだろう?」


 ユウナギにもあるのだ、千年かけても果たしたい目標が。それは己の人生のみではどうにもならないと知っている。しかしそれを自分が今始めれば、意志を継ぐ他者が現れ、繋いでいかれるかもしれない。


「そういうことでしょう?」

「ん?」

「じゃあ、まず無事に帰ってこなくてはね」

「ああ、まずは3日後の襲撃だ」


 そしてワカマルはまた、やってきた山の民とつるんで行ってしまった。

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