第41話 甘い蜜には裏がある

 帰宅して、外に干しておいた洗濯ものを取り込んだユウナギは、それをどこに片付けるのかシズハに聞いた。シズハはその隅の籠へと返事した。


 籠のふたを開けたユウナギはその中にある、女物のきらびやかな衣装を目にする。気になって手に取り、彼女に尋ねた。


「この衣装は誰が着るの?」

「えっと、それは……」


 よく見るとそれは、踊り子のためのような裾の長い衣装だった。ユウナギが自分の身体に合わせてみたら、少し丈が足りない。


 そこにふたりの会話を聞いていたワカマルが寄ってきて、口を挟む。


「それはシズハが作ったんだ。シズハは何やらせても器用にこなす。あ、破るなよ」

「破らないわよ、着たら破れるのかもしれないけど」


 自分の身体より小さめなので着れない、と考えた時、あることに気付く。

 ユウナギはその衣装をワカマルの身体に合わせてみた。


「やっぱり。ぴったり」

 それはワカマルの丈だった。


「……?」

 自分の思い付きを顧みて、ユウナギの表情が固まる。


「誤解するなよ?」

「え?? あぁ、うん」


 汗が噴き出た。頭の処理能力が追いつかない。


「別に俺にそういう趣味があるわけでなく。これは小道具なんだ」


 ワカマルはその衣装を自分の身体に当て、少し舞って見せた。


「こ、どう、ぐ?」

「敵討ちっていう舞台のためのな」

「……!」


 ユウナギはいったん言葉を失ったが、それは後ろ向きな気分ではない。


「ワカマル、これはあまりひとさまにとって気分のいい話じゃないし……」

 弟の言葉を遮ろうとするシズハ。


「お前はもう話したんだろ、俺たちのこと。今は準備の真っ最中なんだから、詮索される前に話しておいた方がいい。これが恐ろしいってんなら出ていけばいいんだ」


「ああ、その衣装あれだろ」

 ずっと魚を焼いていて干渉しなかったナツヒが、やっと口を出した。


「女の恰好で油断させておいて、敵を仕留めるつもりだな」

「まぁそうだ」

「!」

 いちいち仰天するユウナギだった。


「でもあなたまだ子どもじゃない。もう少し大人になるまで待てない?」

「子どもに敵討ちなんてできっこないっていうのか!?」


「そうじゃなくて、まぁそれもあるけど。いくら大人びた衣装を着たって、せいぜい10の背伸びしたおなごにしか見えないよ?」


「馬っ鹿。俺が女装すればお前よりよっぽど多くの男を釣るぜ」


 そこでユウナギが「なにを――!?」と叫んだ直後に、ナツヒが「どっちもどっちだ!」とつっこみを入れた。


「とにかく、復讐なんて良くないとか説教垂れるくらいなら出ていってくれ」

「良くないじゃなくて、危険だとは思うけど……本当にやるなら協力するよ、全力で」

「は?」


 ナツヒは「ほらやっぱり」となる。


「そんなの聞いたら、居候としてはね。でも、それはいつ? 1年先とかいう話でもないのよね?」


「今すぐ、と言いたいところだけど、まだだ。事を確実にするあと一手が足りない……」


 とりあえずその場での話はそこまでとなった。




 それから数日後のこと、4人は狩りと採集のため少し遠くに出かけることにした。


 ユウナギは、ここにいる限り食事に困ることはなさそうだと、瓶の中の蜜を小瓶に詰めかえ、間食用に持って出かけた。


 女子ふたりは平原で薬草や衣類の素材を集め、男子ふたりは森林の中を更に1刻ほど進み、狩りをすることに。


 分かれ際ナツヒはユウナギに、念のための木弓と矢を渡しておいた。




 ユウナギは作業を進めながら、シズハに尋ねる。


「あなたはワカマルのこと心配じゃない?」

「え?」


 敵討ちに出向くにはまだ彼は幼いとユウナギは考えている。彼は年齢よりずっと考えが大人びているというのも分かるのだが。


「もちろんそういう気持ちもあるけれど……。あの子にはあの子の計画や展望があって、私が止められることじゃないから。私は彼のためにできることをするだけ」

「展望?」

「それはあの子に聞くといいわ。それに私だって、もうとっくに正気じゃないの……。彼をけしかけているのは、私かもしれない」


 いつも明るい笑顔を絶やさない彼女の、陰った横顔が苦しげで、ユウナギは何と言ったらいいか分からない。おいそれとこの話題を出してはいけないのだと実感した。


「ねぇ、これ食べてみて」

 場をやり過ごすために、持ってきた蜜とさじを差し出した。


「私の非常食なの。なかなかおいしいのよ」


 シズハはそれを一舐めしてみる。


「甘~い! とてもおいしい」

「でしょ。お腹いっぱいになるまで食べてみて」


 ユウナギも匙ですくって何度も口にした、そうしたらすぐ満腹になってしまった。


「これ水と混ぜたら甘い飲み物になるかしら」

 そう言ってシズハは近くの川の水を小瓶にすくい入れ、回すように振った。


「どう?」

 飲み干した彼女にユウナギは興味深く尋ねる。


「おいしい! こんな甘い水は初めて。そしてもうお腹いっぱい」

 ふたりは機嫌よく採集にまた精を出した。



 その後ユウナギが用を足しに、シズハから離れた時のことだ。


 動物の唸り声が後ろから聞こえ、シズハが振り向くと、なんと大きな熊が近付いてきていたのだった。


 彼女は焦りで声が出ない中、とにかく遠くへ逃げようと駆け出した。



 そこに戻ってきたユウナギは、シズハの姿がないことを不審に思う。少し周りを見渡すと、近辺の土に2種の足跡が残っていた。


 ユウナギは置いていた弓を掴み、一目散に走った。



 熊から逃げるために林を走っていたシズハは川沿いに出て、右か左かと迷っているところで転んでしまった。足をひねったのか、起き上がろうとするとずきりと痛む。


 熊はなぜか執拗についてきて、もう逃げられないと諦めかけた。


「い、いや……。ワカマル助けて――!!」


 叫び声が上がったまさにその時、彼女に向かう熊のわき腹を弓矢が襲う。熊はその衝撃で平衡感覚を失い、更に2発目の矢で脚を撃たれたのでそれを引きずり、とうとう逃げていった。


「シズハ、大丈夫!?」

 ユウナギが彼女に駆け寄る。


「ナギ……」

 涙目のシズハはユウナギに抱きつき、ユウナギもしばらく彼女を抱きしめ背中を撫でていた。



 シズハが落ち着いてきた頃、木々をかき分ける音と呼び声が聞こえ、ユウナギも居場所を知らせるために声を上げた。


「シズハ!」

 最初に飛び込んできたのはワカマルだった。


「大丈夫か!? 何があった?」

 彼はユウナギからシズハを取り上げる。


「えっと、熊に襲われかけて……」



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