第40話 少年の武勇伝

 翌日から、ふたりはシズハの仕事を手伝った。

 家のことはもちろん、村人たちと協力して村の中心の畑で農作業をする、そしてみなで分け合った作物を持ち帰り倉庫にしまう、それの繰り返しだ。


 家にいる時は、姉弟の母がユウナギに寄ってきて、何かぶつぶつと語りだす。

 手を握ったり撫でたり、まるで子どものようにちょっかいをかけてくるが、仕事中には邪魔をせず側でにこにこと眺めているだけである。


 ここにきて7日が過ぎた。

 川でナツヒが魚を獲り、その少し下流で女子ふたりが洗濯をしていた時のこと。シズハが心苦しそうにユウナギに言うのだった。


「母がいつも困らせてしまってごめんなさいね」

「ううん。最初はびっくりしたけど、慣れたから。母君なんだか可愛いわ」


「母はあなたのこと精霊様だと思ってるみたい。まさか本当に精霊様を連れているの?」

「えぇ? 私が連れているのはあの生身の子だけだけど」

と、たった今滑ってびしょ濡れになったナツヒの方を指さした。


「昔の母はしっかりした人だったの。あの頃の私のうちは裕福だったけれど、母はそれでも毎日作業に精を出して、贅沢をしない人で」


 ユウナギはひと時それ以上聞くのをためらった。が、しかし切り出してみた。


「父君やきょうだいが亡くなって、母君は病んでしまわれたって言ってたよね。それは……? 思い出したくないことだったらごめんなさい」


 びしょ濡れのナツヒが、魚の入った網籠を持ってふたりのところに来た。


「いいえ。思い出したくないどころか、片時も忘れたことはないから」

「?」

「殺されたの。ならず者に」


 ナツヒはユウナギの隣に座り込んだ。

 彼女は話す。

 彼女の家族はその地域の中でいちばんの財産持ちだった。何代か前の一家長が水脈を掘り当てた故だ。

 まだこの地域は人が人を支配する機構はない。ただはっきりとした貧富の差が生まれている、というくらいだった。


「それでも私の父は、食料でも何でも、親族の取り分以外をできるだけ地域の人々に分け与え、うまくやっていたと思う。私たちはとても幸せだった。あの日までは」


 ならず者の兄弟がやはりならず者の集団を使って、彼女の家を強奪するために襲ってきた。


 家族親族はみな殺され。母と彼女、末の弟のみ、命からがら逃げおおせた。


「父が命をはって私たち3人を逃がしてくれた。母はあんな状態になってしまったけど、村の人々のおかげで、私たちはそれからなんとか暮らしてこれたの」

「あなたの家は、それから……?」

「あれから4年。そのならず者の長男が、強奪した屋敷をずっと陣取ってる。屋敷に貯めてあった資産で私兵も雇い、誰にも手が付けられない。あいつらが暴れるのを見ないふりするだけ」


 そこまで聞いて、何か言いたげなユウナギ。

 ナツヒは、「そんな奴らこの私がやっつけちゃいます!」とか言い出しかねないと、彼女を突っついて睨みつけた。

 それに対してユウナギ、「そんな安易に首つっこんだりしませんよ」とイジけた視線を返す。


 そこでナツヒはあえて空気を読まず、

「ワカマルって夜いつも山に入っていくよな」

とシズハに話しかけた。

 本人も、あまりに唐突で、話題変更が見え見えだったと反省。


 しかし、

「いつも夜、あの子を見てるの?」

と、彼女は事も無げに返した。


「ナツヒは毎晩、私が寝付く頃まで外に出てるの。寒いのに。喧嘩腰になりたくないんだって。意味分からな~い」

「俺のことはいいよ。1日おきぐらいにあいつを見かけてる」

「あの子まだ小さいのに、夜に山へなんか出歩いて大丈夫なの?」

「うん……山にあの子のおともだちが暮らしているの。同じ頃に生まれて、赤子の頃から触れ合ってきた、とても大切なおともだちなのよ」


 シズハはそう笑顔で言うが、ふたりは違和感を拭えない。


「なんで日が沈んでから会いに行くの? まさかその友達って、物の怪じゃ……。憑りつかれてない??」

「いやだ、生身よ」

 彼女は笑う。


「あ、噂をすれば」


 ワカマルが幾人かの山の民に囲まれ、川の向こうの森から出てきた。彼はこちらに気付き手を振る。


「シズハ、みんなででっかいの獲ったんだ! 今から切り分けるぞ」

 川の向こうで、山の民が降ろした獲物を分ける準備をしている。


「ワカマル、よくあの大柄な男たちと一緒にいるけど、彼らは?」

 ふたりにとって、それも疑問のひとつだった。


「さっき言ってた山に暮らす友達は、あの人たちじゃないよね? 同じ年頃って話だし」

「うん。彼らはまた違うおともだち。山の部族よ。彼らが協力してくれて今のお家も建ったの」


 じっと彼らを見つめていたナツヒは言う。

「友達っていうか、まるで主従関係のようだな。ここ何回か見かけて、いつもそうだ」

 ナツヒは自分も親族も部下を多く抱えているので、そういった空気はよく分かる。


 その会話に気付いたワカマルが、作業は山の男たちに任せ近寄ってきた。


「あいつらは仲間だけど、手下みたいなものでもあるんだ。そういう約束だし」

「聞こえてたのか? 地獄耳だな」

「約束?」

 関心がある様子のユウナギに、ワカマルは語り始める。


 3年前、狩ったけもの3頭を運び、初めて山の部族に会いに行った。

 そしてそこの男たちに「仕合ってお前らが勝ったらこの獲物をくれてやるし、これからいくらでも獲る奴隷になってやる。もし俺が勝ったら俺の言うこと何でも聞け」と言い放った。


「ちょっと待って。3年前って7つくらいでしょ? ひとりで? 3頭のけもの獲ったって何?」

 困惑中のユウナギの質問を、頬をつねって止めナツヒが口を出す。

「7つでも狩りの達人ならいけなくはない、俺はいけてた」

「嘘だぁ」

「でもそれはけもの相手ならな。人間の男が相手じゃそうもいかない」

「で、その仕合はどうなったの?」


 威勢のいい子どもがやってきて、力自慢の山の男たちは面白がった。

 しかもその子どもは剣を振り回し、一気に何人でもかかってこいと言うのだ。


「で、俺が勝ったから、それ以後、山の民はみな俺の仲間だ。ずっと良くしてくれてる」

「えっ、ええ――? なんで? 本当に勝ったの??」


 疑問符だらけのユウナギをよそに、ナツヒは少年をじっと見つめ黙りこくる。


「そりゃもうそこにいた男全員が、参りました――って頭下げてさ。その後は山の幸でもてなされたんだ。いやぁあれはほんとうまかった! 俺が持ってった獲物も悪くなかったが」


 ユウナギにとっては信じられない話だが、確かにあの山の男たちは彼の仲間であり部下のようでもある。


「さぁ、洗濯も終わったし、食料も確保したから帰りましょう」

 シズハが立ち上がったので、3人もそそくさと帰り支度を始めた。

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