第39話 男女七歳にして寝室を同じゅうせず
脚に痛みがあり、見ると手当がされている。
「あ、ありがとう……。私はナギといいます。こっちはナツヒ。あなたは?」
「私はシズハ」
「ありがとうシズハさん」
さん付けはしなくていいと彼女は言った。
それからユウナギはナツヒをゆすって起こす。
ナツヒが起きて状況をそれなりに理解した頃、戸が開き、少年が帰ってきた。
彼はそこそこに長い髪をひとつに束ねた、目つきの鋭い男子だ。
「ああ、目が覚めたんだな」
誰だろう? という表情のふたりを見て、シズハが口を開いた。
「あなたたちを見つけて家に運んだのは、この弟なの。弟のワカマル」
ユウナギはこんな10歳くらいの子が? と目を見張ったが、即座に礼を言った。ナツヒも彼に向って頭を下げる。
「気絶したまま夜になったら凍死しかねないぞ。なんでそんなに薄着なんだ?」
ふたりは一応それでも冬の装いだが、国は冬でもわりと温暖なので、彼らが着ているような厚着をすることはない。
「もう春だけど、夜はまだ寒いからね。あなたたちは南の方からおいでなのね?」
「えっと、私たち旅をしていて……。でもちょっと迷子っていうか……」
「そう、もう日暮れ時だし良ければうちに泊まって。もしお急ぎでないなら、しばらくここらに滞在するのはいかが? 何もないところだけど。春の訪れであたりはとても美しいの」
気さくに話す彼女に、ユウナギは、え? いいの? と期待を全面に出した。
ワカマル少年は
「私、家事とかなら何でもするから、もし空き小屋があればしばらく置いてほしいのだけど……」
「小屋でいいなら狭いけど、うちは冬の食料保管庫が2棟あってね、うち1棟は当分不要だから使ってもらって構わないわ」
ユウナギは寝床確保で安心する。
そこで
「でも、1室でいいの?」
と彼女に聞かれたのだが、意を得ない。
「ええ、1室で十分」
「あ、やっぱり、夫婦なのね」
「え? ううん、夫婦じゃないけど」
シズハはいったん黙り込み、そのあと「ああ」と手拍子を打ち、屈託のない笑顔でこう聞く。
「そういうおともだち?」
「兄妹!」
口の中の食べ物を噴き出したナツヒが慌てて訂正した。
「そうなんだ? でも、兄妹で同室はいいの? 私だったらワカマルとふたりきりはちょっと、あれかな」
「意識するなよシズハ」
少年はなんだか照れている。
その時、がさっと音がして扉から人影が伸びた。
「母上、おかえりなさい」
シズハがそう声をかけてすぐ、その白髪の女性はよれよれとユウナギの元に寄ってきて、ユウナギが挨拶の言葉を口にするより先に、その両手を両手で握りこう拝んだ。
「ああ精霊様、精霊様。どうぞ父様に会わせてください。まぁ会わせてくださるんで? ほんにほんにありがとうございます」
そこでシズハはすぐに立ち上がり、倒れそうな母を支えるのだった。
「母上、この方々はお客人よ。あちらに行きましょうね」
彼女はぶつぶつ呟き続ける母親を連れ、隣室に向かった。
ユウナギとナツヒは何も言葉にできない。ワカマルの方を振り向いたが、彼はただ黙々と食べている。
戻ってきたシズハが驚かせて悪かったと言う。もちろんユウナギは気にしてないと返答。
「母は病なの。私たちの父と、きょうだいを亡くしてから……」
相槌はうったが、ふたりはやはり、それ以上何を聞くこともなかった。
寝床で掛ける織物を受け取り、少年に拾っておいてもらった瓶も手に、ふたりは空き倉庫に着た。
日は落ち、寝床を整えている間、ユウナギがこんなことを言い出すのだった。
「やっぱり私たちが一室で夜を過ごすのは、おかしいことなのかな」
「はぁ?」
ナツヒにしてみれば、「また面倒なことを……」でしかない。
ナツヒの親族宅で泊まる際にはもちろん分かれているのだが、他では空きを2室確保することも望み薄だ。そういう場では殊更に、夜中も離れていない方が安心である。
「同室どうこうより兄上は、お前が寝てる夜間ずっと起きて見張りしとけ、という意味で俺に供をさせてるんだと思うが」
「それは無茶だよね、交代要員がいるわけじゃないんだから」
「だから誰に何言われようと、気にしなければいい。別に寝るだけなんだし」
「別に、寝る、だけ……」
するとユウナギは、そこはかとなくモジモジし始めた。
「でも、兄様は一緒なんて良くないって、屋根裏から出ようとしたの」
ナツヒの脳天に嫌な予感が走る。
「最初は私と一緒じゃ嫌なのかなって寂しくなったんだけど、そうじゃなくて、それは兄様にとって、もう私がちゃんと女だからなのかなって」
俺なに聞かされてるの、というか実はそれが言いたかったの、と彼は口を半分開けたままに。
「だからってどうにもならないことは分かってるんだけど、気持ちの上でね! 世話してる子ども、じゃなくちゃんとそういう、女という範疇に入ってるのだとしたら」
「したら?」
「感動……」
何やらを噛みしめている彼女に、ナツヒも色々言いたいことはあるのだが。
「そんなの血の繋がった妹でも、その歳の女なら同室は避けるわ」
「あなたは気にしないじゃない」
「俺だって気は遣ってんだよ! 絶対お前より早く起きなきゃなんねえし!」
ユウナギはきょとんとした。
「あ。いや、護衛として……。……ああもう出てけばいいんだろ。ユウナギ様と同室で寝ようだなんておこがましいよな! 外で寝ずに番でもしてるわ」
「え? なんで」
ナツヒはなぜか腹を立てた様子で外に出ていってしまった。ユウナギにとっては「なぜか」だ。
ユウナギは少し放心状態でいたが、なぜか分からなくてもナツヒは憤っているようだったし、外はかなり寒いので、戸を開け出て周りを見渡した。だが彼の姿は見当たらない。
そんなに遠くは行ってないはずだと少し走ってみたら、もう一棟の倉庫の影にいた。
「ねぇ、寒いよ。戻ろう?」
そこでユウナギは気付いた。彼は何かを目で追っている。その視線の先を辿ったら、ちょうど山に入っていくワカマルの姿が見えた。
「もう夜なのに、あんな子どもが山に……大丈夫なの?」
「さぁ? 自分の庭みたいなものかもしれない」
その時ナツヒがひとつクシャミをした。
「ほら、風邪ひいたら困るよ」
ユウナギは彼を背中から寝室の方に押した。ナツヒも冷たい外の空気で少しは熱が下がっていた。
その後ふたりはそれぞれ
「眠れないのか?」
「うん……寒いぃ」
ナツヒにとってもかなり寒い夜だ。この掛け織物はきっとこの地に生まれ育った寒さに強い者用である。
「俺の織物も使えよ」
「それじゃあなたが寒いからだめ」
まためんどくさい、と思いながらも、ナツヒは起き上がり、ユウナギにまず自分の織物にしっかりくるまれるよう言った。
それから、くるまって仰向けの彼女を90度転がし横向きに寝かせ、その背中に自分の背中を合わせるように寝転がりながら織物を掛けた。
「少しは温かくなるだろ」
「うん。背中から温かい……」
ユウナギはすぐ動かなくなったので、ちゃんと寝られたのだろう。ナツヒはまた苛立ちが再燃してきた。
今更他人に言われて影響受けて、そのわりには寒いとか甘えたことを言って結局同室どころか添い寝だ。
しかも兄と比べお前はちっとも気にしないと
しかし、彼女が王女でなければ元より知り合うこともなかった。
「そうだな。王女じゃなければ――……」
この愚痴は、朝が来るまでに流れてどこかへ行くのだろう。
明日も彼女より早く目覚めるために、ナツヒもすぐ寝入った。
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