第18話 あなたの命?私の命? 助かるのはひとつだけ

 たまに思うけど、この子の睡眠周期はどうなってるの? とユウナギは脱力したが、それだけ彼が懸命に、役目を務めているということでもある。


 ともかく時を持て余し、ため息混じりに周りを見渡してみた。奥の方にある篝火かがりびで、多少は明るい。


 監視役の来る気配がないが、なぜ放置するのか。


 牢の扉など通常、木板や縄で押さえてあるだけなのだ。脱獄されないよう牢の前には、常にそれが立っているはずだが、と思考を巡らせる最中、気が付いた。牢の扉オモテに貼られる分厚い板に。


 格子の間から手を伸ばしてその表面を触ってみると、棒状の突起がいくつかそこにある。

 また、穴がいくつも開いているような手触りもある。


 更に感触から、この板が扉と格子をがっしり繋いでいるようだった。


 ユウナギは、この板を壊せばここから出られるのではないかと思った。

 方法すら思い浮かばないけれど。




**


 どれほど時はたっただろう。

 何もすることがないと、時の流れも遅く感じる。


 ナツヒは相変わらず寝息を立てて寝ている。起きたら前向きに脱獄を考えるだろうか。


 心のどこかで、彼と一緒なのだから、死ぬなんてことはない、と思っている。

 ただ。


 今は彼の考えていることがさっぱり分からない。

 この薄暗い房の中で、不安を薙ぎ払おうとすると途方もなく、だんだん捨て鉢になっていく。


 その時、階段を下ってくる足音がした。


「アヅ……!」


 女官アヅだった。牢の前に立ち、不敵な笑みを浮かべる。


 格子を握り、ユウナギは彼女に訴えた。


「あのっ、何も証明できるもの持ってないけど、私は本当に国の王女なの。信じて」


「あら……後からお越しになった、確かな書状を持つ王女は、気品のある悠然としたお方でしたよ? お供の方もよほど偉丈夫で」

 アヅは白い手で口を押さえ笑った。


「なにそれ……」

 ユウナギは愕然とする。


「あなたたちはただの曲者だったのね。わりと良いものを着ているのに。まぁ男女二人組が屋敷近くに倒れていたからって勘違いして、中に引き入れてしまった私の落ち度よ。早々に始末するわ」


 アヅの凍てつく視線に尻込みをした彼女は、何も言えなくなった。


「と、思ったけど。私は何を盗られたわけでもなし、曲者をただ始末してもつまらない……」


 何か思い立ったようだ。アヅはいったん背を向け、振り返って言い渡す。


「あなたたちのどちらかひとりだけ、逃がしてあげるわ」

「……え?」

「ひ、と、り、だ、け、あなたたちが決めた方を、私がこっそり逃がしてあげる」


 ユウナギは固まった。


「この牢に男が残れば明日にでも、兵に殴られ蹴られなぶられる砂袋となった後、川に捨てられるでしょう。女なら、あるじの慰み者として出してもいいわね。どうせ主は顔も覚えていないから。そして廃人となったらどこぞに捨てましょうか」


「…………」


「そこの男が起きるまで時間をあげるから、相談するといいわ。もちろんふたりで諦めるのも構わない。それとも生き残りをかけて、ここで殺し合いでもする? 男のが圧倒的有利でしょうけど」


「…………」



 少し間が空いただろうか。


「ナツヒを出して」


 ユウナギは対抗心をたぎらせたような目で、まっすぐ彼女を見た。


「彼を今すぐここから出して」


「あら? 急ぐ必要ないと言っているでしょう? 彼と話してからでも」

「私は王女だから、私が決めるわ」


「王女だと言い張るなら、なおさら自分の命を優先すべきでは? ……というか、死ぬのは怖くないの? 慰み者と言ったけど、男よりよほど酷な死に方をするわよ。主はそういう方なの」


「怖いけど……怖くてどうしようもないけど、そんな二択で生き残ってしまったら苦しいわ。その苦しみは、死よりも怖い」

「……それは特べ」

「猿芝居もいい加減にしろ、アヅミ」


 彼女の言葉を遮るナツヒの声が、そこに響いた。


 ユウナギは驚き、後ろを振り返る。

「!? ナツヒ、寝てたんじゃ……」


 ナツヒは起き上がり、ユウナギの隣で格子の向こうの彼女をめいっぱい睨みつけた。

 腸煮えくりかえる様をさらけ出すナツヒを見て、どうやらアヅは満足そうだ。


「何? 今ナツヒ、なんて言った?」


 混乱の最中さなかにいるユウナギに早く伝えてやりたいナツヒだが、頭に血が上っていてすぐに言葉が出てこない。


 一呼吸置いて、彼はユウナギを見た。


「こいつは国が数年前隣国に送った間者で、俺の異母妹だ」


「えっ……えええええ!??」


 しばらく緊張で足が震え、立っているのがやっとだったユウナギは、そこで腰を抜かした。

 ナツヒがその両腕を取り、さっと持ち上げる。


「わ、私、知らない。会ったことない。妹いるなんて聞いてない」

「言ってないだけで、異母妹は何人かいる」


「ふふ、お初にお目にかかりますわ、ユウナギ様。現丞相じょうしょうの長女、アヅミと申します」

 今までずっと高圧的な笑みを浮かべていた彼女が一礼をして、初めて友好的な笑顔を見せた。

 それは意外にも可愛らしいものだった。


 彼女の顔立ちはとても親しみがあると感じていたが、言われてみれば、化粧を落としたらきっとナツヒとよく似ている。


「中央で暮らした期間はあなた様と二年ほど被っていて……私は一方的にお見かけしておりましたけど。お互い幼かったですものね」


「あれ? 異母妹なのに、どうして丞相そっくりのトバリ兄様ではなく、母君似だっていうナツヒと似ているの?」

「それはですね……」

「挨拶はいい。お前がついた嘘を早く洗いざらい話せ」

「嘘……?」

 ユウナギが不安げに尋ねる。


「嘘なんて。さっきの選択は冗談だけど? ……ああ、ひとつ、大事なことが」


 ふたりは聞き逃さないよう集中した。


「王女の証の書状を持ってきたという者が、姿をくらましました」

「!?」

「兵や侍女の話では、応接室に待たせておいたら居なくなっていて所持品も消えた……。私も出向いて確認したのだけど、そこはもぬけの殻」


「お前はその者らを一度も見てないってことだな」

「そう言ってるでしょ。私はあなたたちが本物だと知っている。だから兵が侵入者に騙されたのだと思った。もしかしてあなたたちが持っていた書状を、その何者かに盗られたの? だとしたらナツヒもとんだ役立たずね」


 ナツヒは何も言い返さなかった。


「それとも影武者でも用意した? そんなこと打ち合わせていなかったけれど……」

「いや、俺たち本当に頭打って失神してたし、訳が分からない」

 本当に情けない……と言いたげなアヅミ。

「これでは和議は無理でしょう。でも私が必ず、あなたたちを無事にここから出すわ」

 アヅミが真剣であることは、ユウナギにも目を見て分かった。


「まぁ今は無理。森の兵舎に待機していた兵たちが、その行方知れずの者を探しまわっているから。屋敷の内外問わず」


「ならこいつだけ牢の外に出してくれ。侍女の服でも着せれば、お前の傍に置いておけるだろ」


 ナツヒが彼女にユウナギを任せた。しかしユウナギはここまで聞いても、彼と離れるのは不安に思う。


「こいつ川屋事情を心配してるから」

「それはそうだけど……」

「分かったわ。でも私はナツヒほど甘くはないですから、ご了承を」


 そうアヅミが扉を開けようとしたら、ナツヒがいったん止めた。


「ああ待て。こいつと話がある」

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