第15話 流行を造るのは、いつの時代も“ギャル”なのよ

 魔術師も多少呆れている。


「面白そうだから努力はしてみるが、確実なものは作れないな」


 彼は考え込み、しばらく静かな時が流れた。ナツヒは出された栗にかぶりついている。


「いやぁ……うーん……そうだなぁ。いけるかもしれないが、命の保証はできないだろう」


 頭の中で試しに製薬してみたら、そういう結論に達したようだ。


「命懸けるほどじゃないから、だめかぁ……」

「だいたいそんな便利なものが出回ったりしたら、人の社会はあっさり壊れるだろうよ」

「そう?」

「隠し事もない、嘘もつかない人間なんて、存在しない」


 私はそんなの特にない……と言葉にする直前、思い出した。

 予知もできないくせに次期女王の地位に収まっている、ただの役立たずな娘である、という隠し事を。

 ずどんと重いものが落ちてきたような心地だ。


「ああ。ただ、似たような薬を使っている人間は探せばいるな」

「うん?」

「心のうちを吐かせるためではなく。医師とか」


 その時、ふとユウナギの目に飛び込んできた。魔術師の後ろに積み上げられている草の束が。

 そういえば入室した時からほんのりと、独特な香りがしていたのだ。


「ああ、これはよもぎだ」

「よもぎ……」


「万能薬だからな、季節にはよく食べている。今は薬用だ」

「身体にいいってことは知ってるわ。私は使ったことないけど、母がそれで美しさを保ってるって、侍女が言ってた」


「これの花もな、印象には残らないが、この地味なところがいとおしい」


 魔術師は一束取ってユウナギに渡した。


「花にはそれぞれことばが宿っているんだ」

「ことば?」

「よもぎは、“夫婦愛”」


 そこでナツヒが口を挟んだ。

「じゃあ、この栗の花のことばは?」

「“贅沢”」

「ふうん」

 満腹になった頃合いのナツヒは聞くだけ聞いて、ごろんと横になった。


「なぁにそれ? 誰が決めたの?」

「俺が生まれた土地の、乙女たちだったかな。そういう遊びだよ」


「そう。よもぎは“夫婦愛”……」

「“決して離れない”というのもある。持って帰って、その男に渡すと良い」


 ユウナギはぎくりとして聞き返した。


「隠し事をされて心穏やかになれない相手がいるのだろう? これを使って気分を落ち着かせてから、残りを渡して想いを素直に伝えれば良い。相手を疑って使う薬より、ふたりで幸福になれる薬を手に入れるべきだ」


 ユウナギは自身が恥ずかしくなった。そして、この魔術師はこんなに薬が大好きな良い人なのに、何かあったらなどと案ずるあの人を憎らしくも思えてきた。

 今度は兄様が私の旅に同行すればいいんだわ、中央を離れることは無理なんでしょうけど……と、ますます苛立ち募るのだが、一刻も早く帰り、会いたくもなってきた。

 しっかり魔術師の術に煽られた形だ。


「じゃあ、たくさんもらって帰るわね!」


 ユウナギは自分の上半身の衣服を引っ張り延ばして、そこに入れられるだけよもぎの束を詰め込んだ。

 魔術師に、衣服の間に入れるのかと聞かれたので、両手が空いている方が移動が楽、などと答える。

 彼は、この子に夫婦愛はまだ早いだろうと見立てたが、口には出さずにおいた。


「ナツヒ、起きて―。帰ろう」

 うとうとしていたナツヒをはたいて起こし、ふたりは魔術師の住居を後にした。



「で、目的は達成したのか? この旅の」

「うん、まぁすっきりしたかなぁ?」

「すっきりするために王女が遠出か……」


「そういえば、この辺だったね。前、西のむらに飛ばされちゃったのは」


 ナツヒの表情が固まった。困り顔で釘を刺す。


「おい、もういい加減にしてくれよ」

「私だって好きで起こしたことじゃ……あ、りすだ、可愛い~~」


 そう言いながら、ユウナギは藪の中に入っていった。


「ああ? なんでお前普通に道から外れていくんだ? 待てよ!」

 彼も藪の中に突っ込んで行かざるを得ない。


「りすなんか中央でもその辺にいるだろ?」

と声をかけても、彼女には聞こえないようだった。


 そこでなぜだかユウナギは舞い始めた。


「どうしたんだよ?」


 彼女がまるでなにかに、操られているかのように見える。その様子を見つめると、己までその空間に引きずり込まれそうな気配がある。


 ナツヒが気を確かにと自分を戒めていたら、彼女は蝶のように舞い木々をするりと避け、更に奥へと進んでいくのだ。

 

 その時、霧が出てきた。


 これ以上放っておけず慌てて腕を掴んだところ、ものすごい力で振り払われる。


「邪魔しないで……あっちから声がするの……とても気持ちのいい唄声よ」


 彼女には何かが聴こえているようで、それに合わせ無我夢中に舞い進む。


 いよいよまずいとナツヒは駆け、全身でユウナギを捕らえにかかった。


「ユウナギっ……」

 しかし追いつき、死に物狂いで彼女を両腕に収めた瞬間、そこに足場は無く、空に浮く感覚を得る。


「あ、落ち……」



 ナツヒは一瞬の思考力で、ユウナギの頭をとにかく守ろうと、自分の胸にくるむように押し込んだ。


 だが次の瞬間にはまるで、海面に打ち付けられたような痛みが全身を襲ったかと思えば、身体は宙に跳ね上がり、腕力を失いユウナギを離してしまった。


 ついに地に倒れ伏す彼は、力を振り絞って首をまわし彼女を探す。


「! ユウ……ナ……」


 目に映ったのは、うつ伏せで眠るユウナギと、その頭が敷いている少しの血だった。

 そしてすぐ意識は遠のいた。



 それから1刻もたたない頃、ふたりの元に高貴な衣装をまとう女人にょにんがやってきた。

 その女は下の者に指図し、ふたりを板に乗せ運んでいったのだった。



***


 しばらくして目を開けたユウナギ。そこは薄暗く、首をゆっくり横に振ると、縦線の入った四角い空が見えた。


 少し経ち、空を四角く区切るのは窓だと気付く。その横には人の輪郭がある。


「お目覚めになりまして?」


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