第三章 あなたの役に立ちたい

第14話 よもぎに託す 妻の愛

 ふたりが西のむらから中央に帰ってきた夜、当然すぐに引き離され、ユウナギはトバリからさんざん説教された。

 しかし、どれだけ叱られても自分の行動は変えられなかった自覚があり、反省はできずにいた。


 ナツヒが罰として、3日間の謹慎断食を丞相じょうしょうから言い渡されたと聞いたのは、それから3日たった夕刻のこと。


 彼は私の命令に逆らえなかっただけとトバリに食い下がったが、それを加味しての罰則量だと諭された。


 彼も弟に心は寄り添い断食していたことを、ユウナギは知らない。



「反省もしていない私が、何をどう謝ればナツヒは許してくれるの?」


 どれだけ考えてもついに分からぬまま、ユウナギは丞相一家の暮らす館の門まで走り、そこで正座をしていた。


 王女が門前に座っているので、もちろん侍女らは騒ぎ始め説得する者も現れたが、この頑固者には通じず。

 誰もが周りで、これはあの方に出てきてもらわないと――……と見張っていたら、謹慎明けの彼が門から出てきて、


「何やってんだお前」

と上から、呆れた顔で言った。


 ユウナギは立ち上がったが、何と言ったらいいのかまだ分からず、うつむくだけだった。


「散歩にしては夜が更け過ぎだ。早く帰れ」


 彼は当然だが見るからに疲れている。声にいつもの覇気がない。


「ナツヒは……どこへ?」

「俺は、草でも食いに行く」


 それを聞いてぽかんとしたユウナギ、気を取り直して彼の裾を引っ張った。


「私、摘むから! 花の蜜も、働き蜂のように集めるわ」

「いや、暗いし……」

「いいから! ちょうど私も草、食べたかったの」


 そしてふたりは、すぐそこの暗い野原で月明りだけを頼りに、花の蜜を吸ったりした。




 ということもあったが、日々はまたゆっくりと過ぎていった。


 よく晴れたある日、屋敷内の林でユウナギは、子どもたち用に小さな木弓を手作りして過ごしていた。


 矢じりは丸みのある小石にして、元より玩具でしかないが、

「小さくてもけっこうサマになるんじゃない?」

と満足げ。

 それを背負って、木々に登ったり降りたりして遊んだ。まるで森を縄張りとする猿にでもなった気分だ。


 そこに、トバリが休憩にやってくる。


 木の上にてユウナギ、枝葉の間からのぞいてみたら、彼は2本向こうの木にもたれかかり、両手に持つ紙を真剣に見つめている。


 何か書いてあるのかな、ちょっと驚かせてみよう、とその紙を的に、上から木弓で小ぶりの矢を飛ばしてみた。


「!!」


 矢は上手いこと彼の手中の紙に当たり、驚いた彼は手からそれを落とす。


 何事だと周りを見渡すトバリに向かって、ユウナギは枝から振り子のように飛び降り、紙を拾い上げた。


「ユウナギ様? …………」


 そのお転婆ぶりに、深い溜め息をつく。


「兄様、敷地内とはいえ油断は良くないわ」


 彼を出し抜いて得意げなユウナギは、その紙の中身をちらっと目にした。


 それはとても達筆な、の国の文字で書かれているふみだった。

 不審に思い、勝手に読み始める。


「返してください」


 無理強いはされないので、ユウナギは立ち止まって真剣に読み進めた。


「兄様……これは!?」


 その内容は、こうである。


“あなたの健やかな暮らしのために、たくさんのよもぎを贈ります

この香りも大好きでしょう?

あなたは上手に立ち回れるお人ではないのですから、出世などはしなくても

早くお帰りくださいね

浮気はほどほどにしてくださいね”


 といった、詩のようなものだった。


「……兄様、どういうこと!?」


 この国で一定の教養を持つのは、地位のある者とその親族くらいである。そこらの侍女や平民に、これが書けるわけもない。


 ユウナギは感情的に攻めたてる。


「妻をどこかに隠しているの!!?」


 ふみを乱暴に、彼の胸に押し付けた。


「そういうことはないです」

「じゃあなんなのこれ!?」


「落ち着いてください。これは親族が、ええと、私と血の繋がった者が……手習いを披露しようと送ってきたもので……書かれていることに意味はないのです」


「手習い?」

「美しいでしょう? 披露したくなるのも、無理はないと思いませんか?」


 確かに見事な手跡で、彼の言うことも一理あるが、どうにも誤魔化されているような気がしてならない。

 いわゆる女の勘である。


 彼は牽制するために「血の繋がった者」とあえて強調した雰囲気だ。


――文の主はどこの誰? そのひとは、私の知らない彼の顔を知っているの?


 不信感の塊と化したユウナギは、誤魔化す男の嘘を炙りだす薬なんてないものか、と思い立った。


 そこからの、そうだ魔術師に会いに行こう! である。


「ダメです」

「……まだ何も言ってない」

「またどこかへ行こうとしているのでしょう?」


 なんでことごとく見透かされるんだろう? と首を傾げた。


「ええ、まぁ。魔術師のところへ。また6日間いってきま―す」


 くるっとその場でまわって、愉快なユウナギ。対照的に、トバリは神妙な顔つきになった。


「その魔術師は男性ですよね」

「そうだけど?」


「安易に異性のところへ、王女を向かわせるわけにはいきません。何かあったらどうするのですか?」


「異性と言っても……彼はもう中年の、丞相と同じくらいの年頃よ? 製薬実験熱狂者で……」


「それが何か? だから問題ないとあなたが考えているなら、なおさらです」


 ユウナギは悔しくなった。自分はどこかに女を隠しているくせに。いやそれは裏が取れるまで、言い切れないけれど。


 ただの勘ぐりだと捨て置きたい自分と、丸めこまれるものかという意固地な自分を、行ったり来たりで苦しい。

 彼が自分に嘘なんてついたりしないと、本当は信じていたい。


「ナツヒを常に真横に置いて行動するから。私たちの身体を縄で繋いでもいいわ。だから今から6日間、留守にしますっ!!」




 というのが、今回の外出を決めた顛末てんまつだ。


 ナツヒは馬車に乗ってから、それを聞かされた。


 実際出かける時、おかしな顔のユウナギに縄で縛られかけたので全力で逃げた。という出来事も忘れない。


 痴話げんかに巻き込まれての仕事か……と彼は肩を落としたが、どうせ上役には逆らえないので。

「さっさと行ってとっとと帰ろう。新しい投石器を試すところだったんだからな」

「ん?」

「あ―、声に出てたわ」



 2回目なので順調に、魔術師の住処へと辿り着いた。


 魔術師の彼は一見ぶっきらぼうな応対をするが、本当は2度目の来訪者が嬉しいようだ。ところどころ態度に歓迎の気持ちが表れる。


 中に通されたユウナギは、前回の礼として彼一人なら10日は持つ量の米を渡した。


 その後、近況を話すのもそこそこに、彼が今度は何がお望みかと尋ねてきたので、「隠し事をしている男に洗いざらい吐かせる薬」と率直に伝えた。


 それを耳にしたナツヒは、心の中で「くだらね―帰りて―」と叫ぶ。事の経緯は馬車で聞かされていたが、想像以上の執念だった。


「自白薬ねぇ……」


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